翼なき竜

4.有翼の君(3) (4/7)
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「竜が人を襲い食べるのは、本能がそう命じるからだ。智恵とは別の問題」
「智恵という理性があれば、我慢くらいするでしょう」
「それは違う。人間だって欲望があるだろう? 食べること、寝ること、男女が……」
 女王は頬を赤らめながら語尾を濁した。
「……とにかく、そういった欲望を持ちつつ、人間は我慢できる。だけど、完全には我慢できないものじゃないか。何も食べずに生きていられる人間はいない。体がそれを必要と組み込まれている。竜も同じだ。竜も、そこに人間がいれば、食べずにいられない。人間がいなければ仕方なく他の代替物を食べるが、人間がいるなら必ず食べる。そういう風に竜の欲望や体は組み込まれて、どうしようもないんだ」
 宰相は呆気にとられていた。
 竜の体について、どうして女王は知っているのだろう。想像にしては深い。どこかで勉強したのだろうか。
 女王はそんな疑問に答えた。
「……ギーに、聞いた」
「竜に?」
 竜は話さない。竜が口を開いたとき、それは何かを食べるときだけ。鳴き声すら上げない。
 女王はためらいがちに見上げてきた。
「……信じてないだろう?」
「…………」
「いいんだ。信じてもらおうと思ってない。私の前なら鎖を外しても平気だと説明したって、無駄だと思ってた。だからこうして休日に一人で会っていたんだが……知られたし、もう無理か」
 女王は笑いながらうつむいて息をはく。その息に、諦めや落胆が混じっていることに、宰相は気づいた。
 やっぱり女王に対して怒るのは自分の柄ではない、と宰相は相好を崩した。
「信じますよ」
 女王が顔を上げた。
「陛下がギーに聞いたというなら、そうなのでしょう。陛下の言うことなら信じます」
 女王は少し嬉しそうな顔をした。
「ギーに会えるようにします。私たち普通の人間は怖いと感じますから完全に自由とはいきませんが、そのあたりは陛下の希望と折り合いをつけて、調整しておきましょう」
「……そう、か」
「はい」
「……ありがとうな」
「いいえ」
 女王がくったくなく笑うことは少ない。その笑顔をペットのように思っているギーが引き出したとしたら、心中複雑で悔しいが、引き離させたくはない。
 宰相は、『泰平を築く覇者』というものに不勉強だった。英雄王や、賢王といった、王につけられる尊称のようなものだと思っていた。頬にある竜のあざは不思議だとは思っていたが、王の血筋とはそういうものなのだろう、と丸ごと受け入れていた。
 女王陛下を理解するためにも、それらを勉強しなければならないな、と反省した。
 執務室の扉が叩かれた。
 入室を許可して入ってきたのは、デュ=コロワと、老臣たちだった。
 デュ=コロワは顔に真剣さを帯びていた。
「実は、わたしが早くに入城したのは、お知らせしたいことがあるからです」
 女王と宰相は政治家らしい厳しい顔つきになる。
「我が領地がどこにあるかはご存じだとは思いますが、そちらからの情報です」
 デュ=コロワは竜騎士団の団長であるが、貴族であり、地方の領主だ。その地方というのは、この大国の西、国境線沿いの領地である。
 西側というのは、この大国では問題が発生しやすい。隣国との戦争や小競り合いはもっぱら西側で起こる。
 とはいっても、ここは富める大国。周囲はほとんど小国であり、何かあっても向こう側が折れ、戦争とまでは発展しないことが多い。

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