翼なき竜

4.有翼の君(3) (3/7)
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 宰相は、彼が昔から女王に忠誠を誓っている理由がわかった気がした。
 デュ=コロワにとって、素のままで竜と共にいられることは、宰相が思うよりも信じがたいことなのだろう。そして女王はとてつもない力を有している存在に見えるのだろう。
 宰相にとってはいまいちぴんと来ない。
 それは、女王がくったくなく笑って、それこそ普通のペットと飼い主のように竜とたわむれているのを見ているからかもしれない。
「宰相っ」
 荒い息で後ろから呼びかけられた。
 おびえた表情の、老神官だ。ロルの粉を頭からかぶりつつ、竜の視界に入らないような、離れた場所にいる。
「宰相、一体どういうことじゃ。どうしてこんなところに竜がいるんじゃ。女王の恋人はどうなったんじゃ」
 はっとした。彼の疑問はもっともだ。特に、恋人は――。
 宰相は勇気を出して、当人に訊いてみた。
「陛下! 陛下の、こ、恋人は……」
 女王は宰相に眉を寄せた顔を向けた。
「私の恋人? 誰だそれは」
 それはこちらが訊きたいことだ。
「さ、さっき、お話されていたでしょう。プレゼントを渡して……それに、前の休みのときにも、密会があったそうではありませんか」
「……何を言っているんだ? 私はギーと一緒で、他に誰もいなかったぞ。前の休暇の日にも、ギーと会っていただけだ」
 なあ、と女王は竜に顔を向ける。竜もうなずくように女王の顔を舐める。
「プレゼントって、ギーのために持ってきたにんじんのことか?」
 と、女王は赤々としたにんじんを服の下から取り出した。すかさずギーが長い舌でそれを絡め取り、口の中に入れる。
 おいおいがっつくなさっきやっただろう、と女王は竜にじゃれつき笑う。
「…………」
「…………」
 かくして、女王の恋人騒動は終わった。


 女王の警護の兵士たちや、老臣たちが集まり、女王の愛竜・ギーもチキッタの花で眠らせられ鎖に繋がれ、厩舎に戻っていった。
 そして、女王は休暇を強制終了させ、城の執務室へ戻った。
 女王の座る机の前で、苛立たしげに宰相がぐるぐる回っている。
 宰相は恋人がいなくてよかったという思いよりも、宰相という立場から執務室では、休日にはこれほどまでに勝手な振る舞いをしていた女王に怒っていた。
「そもそも、どうして竜が鎖にもつながれずに陛下の前にいたんですかっ!」
「……いや、うん、それはな。……だって、鎖つきで会ってもギーは嬉しくないだろう? たまには自由にさせてやろうかと」
「なっ、何て、危険なことを……!」
 宰相は絶句した。
 デュ=コロワの言うとおり『泰平を築く覇者』なら平気かもしれないが、他の人は違う。宰相が襲われかけたように、竜が危険極まりないのは確かなのだ。
「勝手に鎖を外して、逃げ出していたらどうするんです。いかに女王陛下が『泰平を築く覇者』であっても、走ったり飛んだりする竜を止められないでしょう。大事件となったら……」
 女王はむっとしたような表情を向ける。
「竜は智恵がないわけではない。むやみに人の前に表すことはない。人間を殺してしまうとわかっているからだ。それが人間と竜の関係に溝を作り、ひいては竜という種族の首を絞めるとわかっている」
「……そこまで頭が働いている生物だというなら、人間を襲うのをやめるのが一番だと思いますが」
 宰相は冷ややかだった。女王が竜を智恵あるものと思いこみたいのはいいが、その想像に過信されても困る。

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