翼なき竜

4.有翼の君(3) (2/7)
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 女王は寂しそうに苦笑した。
 なぜここで『泰平を築く覇者』のことがでてくるのか、宰相は不思議に思った。
 だがそんな疑問を抱いているのは宰相だけで、女王はよくわかっているようだった。
「しかし、どうしてお前はここにいるんだ? 二日後に来るはずだっただろう」
「思いの外、早くに到着いたしました。特別謁見の前に陛下にお目通り願おうと思いましたら、城内で陛下が行方不明と聞きまして。そこでわたしも捜索せんと、竜の臭いがする森に立ち入ったところ……」
「なるほどな。お前が今ここにいる幸運に感謝しよう」
 獣のうなり声が聞こえてきた。眠っていたはずの竜が、再び起き始めたのか。
 宰相が息を詰めて顔を青ざめたところ、女王が前に出た。
 もちろん、宰相は止めようとした。だが、しばらく黙って見ていてくれ、と女王が目で訴えてきた。
 そしてそのまま竜の側まで近寄り、女王は竜の頭を撫で始めたのである。
「ギー。頭は落ち着いたか?」
 女王は頭だけでなく、うろこに覆われた頬、顎の下もなで回す。
 とても正気ではできないようなこと。
 宰相はそれを黙って見ていたわけではない。飛ぶように女王の側まで行って、止めようとした。が、その前にデュ=コロワが宰相の肩をつかんで引き止めたのだ。
 女王と同じく、しばらく見ていろ、と言わんばかりの目で。
 女王は竜を撫でる。竜は大きな瞳を動かして、宰相やデュ=コロワへ視線を向けた。青い瞳。つまり、敵と認識されなくなったということだ。
 竜は穏やかそうな表情だと、宰相には見えた。といっても、竜にそんなに会ったことのない宰相であるから、ただの直感だが。
 ギーと呼ばれた竜は口を開けた。
 宰相ははっと息を呑んだ。
 が、宰相の思ったような最悪のことは起こらず、長い舌が現れ、女王の顔をなめ回し始めたのだ。
「謝るって? ふふ、いいんだ。仕方ないことだ」
 女王は楽しそうである。
 まるでペットとじゃれる飼い主。……少し宰相は寂しい。
「……宰相、気づいているか?」
 肩をつかんでいるデュ=コロワは静かな声で問うた。
「竜になめ回されている女王は、ロルの粉の効力を失っている」
「!?」
 ギーは女王の服までお構いなしに舐めている。降りかけられたロルの粉は、あれでは……!
 押しとどめるように、デュ=コロワの手の力が強くなる。
「落ち着け、宰相。ロルの粉がなくても、女王は平気だろう?」
「ど……して。今、竜はチキッタの花で眠っているわけでもありませんよね? それなのに……」
 ギーと女王は、まるで普通のペットと飼い主。女王に撫でられているそのペットは、人間を襲う習性のある最強の生物とは思えない。
「あれこそ、『泰平を築く覇者』の力」
「えっ?」
「……やはり知らなかったか。『泰平を築く覇者』の印の、竜のあざは、だてではない。世界で唯一、『泰平を築く覇者』は竜に同族と認められ、薬を使わずとも竜の背に乗れる人間だ」
 顔だけ振り返ってみると、悔しいような妬いているような強い感情が、デュ=コロワの細い目の中の瞳にあった。
「……羨ましいことだ。どれだけわたしが竜と共にいても、ロルの粉がなければすぐに敵意を向けられるというのに、女王はあのあざ一つで、竜と共にあれる。……最強の生物たる竜に認められ、人間の王として認められる……そんな存在に、誰が太刀打ちできる。『泰平を築く覇者』と呼ばれるのも道理だ」

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