翼なき竜

2.有翼の君(1) (3/4)
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 宰相は一週間前の女王のスケジュールを思い出す。確か、久しぶりに休みだと喜んでいたような……。宰相自身は仕事があったので、その日女王がどこで何をしていたのかは知らない。
「思わず木の影に隠れてしまったのじゃが、聞こえてきたのじゃ。『最近会えなくて寂しかった』『いずれ人にはばかりなく会えるようにするからな』といった、女王陛下の声が……」
 宰相は心臓に杭を打たれたように打ちのめされた。
「本当に、陛下の……?」
「なんじゃ! 儂が老いぼれだから耳が悪いはずだとでも言うつもりか! 正真正銘、女王陛下の声じゃった、間違いない!」
 胸を張る老神官は自信に溢れていた。
「そ、それでは、相手は誰なのですか」
 途端に、老神官の自信がしぼんでいく。
「……それがの、聞いておらんのじゃ。食い入るように聞いておったつもりじゃったが、場所が離れていたせいか、陛下のお声しか聞こえなんだ。木の影に隠れていたので姿も見ておらん。女王陛下のそんな発言を聞いて、えらいことだと、すぐさま他の人たちに知らせようとしてその場を離れた。相手を確かめるのを忘れてたと気づいて戻ってきたときには、女王陛下も誰もそこにはいなかったのじゃ」
 宰相は指を折って額に押し当てた。
 そもそもそれらしき――恋人のような相手がいたら、絶対に忘れるはずがない。
 ちょっとした色目を使うような相手をチェックをしているが、数は多い。女王陛下の好意を受けた人物など、厳しく判定したせいかこれも多すぎる。
 女王の最近会っていない相手……というのは頭の中で数えることさえ困難だ。
 王としての仕事が忙しくて、宰相ですら会いたいときに会えないことも頻繁なのだから。
 候補者が多すぎる。
「儂らが最も重要視していることは、陛下のおっしゃった『いずれ人にはばかりなく会えるようにするからな』という言葉じゃ。はばかりなく会う――そこを儂らは危惧しているのだ」
 宰相はいぶかしげに首を傾げる。
 その意味を静思して、徐々に口許を引きつらせる。
「――まさか……」
「まさか、女王陛下はその相手と結婚しようとしているのではないか、と思ったのじゃ」
 宰相の言葉を引き継いで、老臣が口にした。
「そうなるとますます相手が問題となる。女王陛下は、決めたことは臣下が止めても押し通すようなところがあるお方。ろくでもない相手であったら……」
 憂い顔で老臣達はため息をつく。
「儂らは陛下が恋人を作ることには問題はないと思う。王たるものかなりの重圧がその肩にかかっているはず。その鬱憤が晴らされるのなら、どこの貴族とだろうが騎士とだろうが、それこそ農民だろうが、誰でもじゃ。ただし、結婚となると話は別。それだけは儂らは断固反対をする」
 宰相は居心地の悪い思いをして、ソファを座り直した。
 老臣の言葉は、まるで自分に向けられ釘を刺されているかのように思われた。
 結婚するわけでもなく、ましてや恋人ですらないのに。
 視線を逸らしながら、宰相はこほんとせきをする。
「――とにかく、問題はその相手です。聞き違いや誤解の可能性が高いと私は思いますが……万一のことがあります。相手をいぶり出しましょう」
「どうやってじゃ? まさか陛下に直接訊くことはできまい」
「陛下のスケジュールに暇を作ります。そうすれば、その休みのときに相手に会いにいくかもしれません」
「暇を作る……そんなことできるのか?」
「します。全力でやってみます」
 きっぱりと宣言した。

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