翼なき竜

2.有翼の君(1) (2/4)
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 準備を終わらせたときには、後はその女王の言葉とギーという竜を信じる以外ないのだ。



 準備の途中、城の片隅で老臣達や老神官がこそこそと話しているのを目にした。
「……まさか、宰相ではあるまいな……」
 自分の官職名が出たことで怪訝に思い、静かに近寄る。
「……儂は今でも信じられん、あの女王陛下が……」
「……何、陛下だとて女。まったくないとは言い切れん……」
「……しかし……これは醜聞だぞ……」
「何がスキャンダルなのでしょうか?」
 宰相の張り上げた声に、老臣達一同、ぎょっとして後ずさった。
 しまった、と言わんばかりの顔がそろう。
「な、何、なんでもないことでしてな、宰相」
「女王陛下のお話がなんでもないことですか?」
 普段なら秘密話を聞いてしまおうが、顔を出さずにいるか聞かなかったことにするくらいのことはできる。馬鹿正直に顔を出し問い詰めるのは、自分だけでなく、女王の話が出てきたからだ。おまけに、『醜聞』とは。
「……なんですか、わ、わわわ私と女王陛下のことがととと取り沙汰されているとか?」
 厳しく言おうと思っていたが、動揺が言葉ににじみ出た。
 彼らの話の予測と言うより自分の願望に近い部分が出てしまった。事実ではないから願望なわけで、つまり、宰相と女王は取り沙汰されるようなことはない。
「そんなわけないじゃろ」
 そんな宰相を、ずいぶんと冷めた目で老臣達は見ていた。
 一言でばっさりいわれると、宰相の胸に矢がつきささるように堪えた。
「宰相が相手じゃないのはわかるわ。相手になっていたら絶対宰相の様子は変わるはずじゃ」
「なんですか、その相手って」
 老臣達は言いたくなさそうに顔を見合わせる。それを見て、老神官がため息をつくように言葉を吐いた。
「……女王陛下の恋人のことじゃよ」
 宰相の目が点になる。
「……じょっ……! こ、ここ、こいっ!?」
 近くにいた老神官の肩をつかみ、揺さぶる。
「ななななな何言っているんですか!! 女王陛下のこここ、ここ恋人なんて、いるわけないでしょう!! 私ならともかく!!」
 嘘だと言ってくれとの一心で、がくがくと揺らす。ところが老神官は曖昧な表情のまま、決してそう言ってくれない。ますます肩を揺らす。
「さ、宰相、落ち着いて。こちとら年寄りなんですからっ」
 老臣の声にはっと気づくと、揺らしていた老神官が泡を吹き始めていた。

「すいません! 決して悪気があったわけでは……」
 泡を吹いていた老人はソファから体を起こし、疲れたように首を振る。慌てて部屋に運び込み、医者を呼ぼうとしたところで老神官は目覚めたのだ。
「いや……宰相に話したときからろくなことにならんとは思っておったしの……」
 許してくれたようなのはいいが、私はどう捉えられているのだろう、と宰相は心の奥で思った。
 実際ろくなことをしなかったので、何も言えないが。
「それで、女王陛下のこ…こい……。……先ほどの話は本当なのですか?」
 恋人、と言うのに詰まって、言葉を換えた。恋人なんて、恋人なんて、冗談ではない。恋人という言葉に付随するもろもろの想像を頭の中から振りはらう。
「実はな、一週間ほど前、ふらりと城のはずれの森を歩いていたんじゃ。そうしたら女王陛下のお声が聞こえてな……」

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