翼なき竜

2.有翼の君(1) (1/4)
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 竜騎士団の長であり地方の領主でもあるデュ=コロワが久しぶりに城へ来るというので、宰相はその準備に追われていた。
 デュ=コロワは女王の最も信頼する臣下の一人。来訪を歓迎する準備も入念なものとなる。
「この鎖、古いものではありませんか! すぐに新しいものに取り替えなさい!」
 宰相の叱咤の声が、特別謁見室にこだました。いつになく厳しい命令だ。部下たちは顔を青ざめ、
「申し訳ありません! すぐに替えます!」
 と走っていく。
 まったく、とつぶやきながら、顔をこわばらせたまま宰相は腕の中にある鎖を見る。それは普通の鎖ではない。一つの鎖の輪が人間の上半身ほどの大きさがあり、とても重い。
 一方の鎖の先はこの特別謁見室を支える太い柱に固定され、もう一方も固定器具はあるが何も繋がれていない。
「危ないところでしたね」
 青ざめて近づいてきたのは、知り合いの貴族。
「古い鎖を壊して、もし女王陛下の謁見中にあいつが逃げ出すようなことになれば……」
「『あいつ』なんて言い方はやめた方がいいでしょう。女王陛下がかわいがっている竜ですよ」
 この鎖は、竜を縛めるためのものである。
 広い特別謁見室は、天井が高い。背が高い宰相よりも高い。それどころでなく、4、5階分くらいの高さだ。まるで吹き抜けのようである。これだけ広いとどうやっても部屋は暖かくならないので、冬はつらい。
 が、それもこれも竜のため。
 竜を入室させるためにこれほど大きな部屋が作られている。
 格式ある行事や女王謁見の場合、この特別謁見室が使われ、女王の隣には竜がはべることと決まっている。
 竜は人間の何倍も大きく、人間を食う危険な生き物である。人間を見ただけで襲いかかる習性を持つ、天敵のようなものだ。
 しかし裏返せばそれだけ強いということ。そしてしっかりと鎖で足を捕らえ、さらにチキッタの花という、竜を大人しくさせ眠らせる薬を飲ませれば、側にいても平気なのである。更に念を入れて、ロルの葉を粉末状にしたものを周囲の人間は頭から振りかける。ロルの粉をかけた人間を、竜は同族の竜だと思いこみ、敵意をなくすのだ。
「……謁見の前に鎖の老朽化がわかったのは、不幸中の幸い、でしたね」
 宰相は苦笑しながら、重い鎖を床に下ろした。
 竜の準備が大変だから、デュ=コロワとはここまで格式張らない簡略化した謁見ですませようとの話も出た。が、彼は竜騎士団の団長。
 彼から女王の飼っている竜を見たいとの強い要望があり、女王が快諾した形でこうして謁見の準備を進めているのだ。
「念のため、チキッタの花を多めに用意していてください。……万が一のために」
 万が一、竜が女王に襲いかかったら。
 竜は一咬みで人間を簡単に殺す。咬まずとも、鋭い爪一薙ぎでも体の肉はえぐれる。
 その想像に身を竦ませながら、宰相は準備を続けた。
 いつになっても、竜を側にはべらせる特別謁見や公式行事は慣れない。そのたびに女王や自分の危険が身に迫るものだから。
 だが女王はそのたびに、軽く笑って言う。
『宰相、そんなにびくびくするな。チキッタの花やロルの粉があれば、大抵竜は襲いかからない』
『大抵って、絶対ではないってことでしょう』
『それはそうだ。竜にもいろいろいる。薬の効きが悪いやつもいるさ。それは人間も同じだろう? 大丈夫だ、横に置くギーは私のペットだ。きちんと薬が効くし、効けば決して人を襲わない竜だと、私はよく知っているよ』

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