翼なき竜

1.野望と犬 (4/6)
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 大剣を床へ突き刺し、まっすぐに見下ろす彼女から、戦場に立っているかのような覇気がある。片翼の竜のあざが赤く浮かび上がる。
 自信のある笑みが女王の唇に乗る。
 瞳には色がある。欲の色、強い色――
「陛下の結婚ですって――!?」
 頓狂な声に、家臣達は一斉に後ろを向いた。
「結婚!? か、勝手にっ!」
 宰相が慌ただしく扉を開き、現れた。青銀のさらりとした髪が、走ってきたせいで乱れている。蒼い瞳は見開かれ、信じられないと言わんばかりだ。
 女王が呆れたように言う。
「宰相、お前ブッフェン騎士団長のところへ行ったのでは……」
「行って帰ってきました」
「嘘をつけ」
 宰相はぐっと詰まって、
「すいません。部下に使者を頼みました。……なにやら、陛下のことで嫌な予感がしたもので」
 女王は硬く厳しい表情を崩して、笑い始めた。
「ははっ……お前は、嗅覚のいい犬か」
 宰相は照れたように頬を掻く。と、気づいたように、女王をねめつけた。
「陛下! 世界征服だとか、笑えない冗談はおやめくださいって言っているでしょう! みなさん本気だと思っているではありませんか!」
 家臣達は、目が覚めたように戸惑う。
「じょ……冗談、ですと?」
 老臣がこわばった顔で宰相に問うと、彼は強くうなずいた。
「陛下はよくそういった冗談をお言いになって、からかうのですよ。そのようなことをしても国は潤わないと、女王陛下の施策から、おわかりでしょう?」
 家臣達は冷静に考え始める。
 そう、確かに女王の政策の方針は、大国ゆえにどっしりと構え、戦争をせずに友好関係を築くもの。世界征服など、その対極だ。
「は……冗談、冗談でしたか!」
 老臣達は笑い始めた。
「いや、陛下、失礼いたしました! あまりにも陛下の迫力が凄いもので」
「そうですよな、『泰平を築く覇者』の印を持つ陛下が」
「我々を本気にさせるとは、陛下はうまい役者ですなあ。まんまと騙されましたぞ」
 女王は薄く口許に笑みの形を描いた。
「まったく皆さん、私に隠して陛下を結婚させようなんて……。いつも結婚話は中止にさせているというのに、性懲りのないことを」
 宰相は老臣達を恨めしげに見やる。
「そ、それは、宰相の陛下への心情はわかりますけれどな……」
「わ、わわわ私のへへへ陛下への心情って何ですか!」
 宰相は顔を真っ赤にする。この動揺の仕方を見てわからない方がおかしい。
「まあまあ、それは置いておいて、陛下も結婚してもおかしくないお年であるし、ここは老骨を鞭打とうと考えて、な。宰相も、いかに複雑な心境だろうと、陛下の結婚話を全てぶちこわすなんてマネはやめなさい」
「ちょ、ちょっと待ってください! 私は確かに陛下の結婚話を潰してきましたが、それは陛下から頼まれたからですよ?」
 今度は家臣達は一斉に女王に視線を向けた。
 女王はいつの間にか突き刺していた大剣を腰に戻し、座ってワインを飲んでいる。
 本当なのですか、という家臣の視線に、彼女は肩をすくめた。
「最初は私自ら潰そうとしたのだぞ? それを、宰相が自分でやると鼻息荒く言ってな。今回は宰相に隠して進められた話のようだから、たまには自分から断わろうとしてみたのだ」
「それにしたって、世界征服の手助けする男ならいいというのは、断り方としてもどうかと思われますよ?」
 宰相が顔をしかめて言うと、女王は苦笑した。

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