翼なき竜

1.野望と犬 (3/6)
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 女王はいまだ一度も結婚していない。十代で結婚するのが当然の中で、適齢期を過ぎてしまっている。
 これではいかん、と特に老臣達が憂慮し、女王を結婚させよう計画が発動した。
 第1段階が、宰相に秘密で話をする機会を作り、宴に誘う。
 第2段階が、女王を酔って酔わせて良い気分にさせる下地作り。
 計画は成功したようで、女王は少し赤らんだ顔で笑った。
「私の結婚か。……申してみよ。相手の候補は誰がいる?」
 家臣は書簡を取り出す。
 女王の好みというものがよくわからないので、各種取りそろえてみた。
「まず、ラビドワ国の第2王子・プール様。この方は、国中で評判の美男で、女性が見たら最後、とろけてしまうような御方だそうです」
「次に、ボーリア国の第4王子・バジル様。この方は、筋骨隆々、たくましい御方だそうです。体を鍛えるのが趣味で、そのはちきれんばかりの筋肉が魅力だとか」
「そして、カプル国の第5王子・リニア様。この方は、繊細で優美で線の細い御方だそうです。笛を吹くのが趣味だとか」
「さらに……」
 女王の顔がどんどんと不快さを増していった。
 家臣達は慌てて、次の候補者を説明してゆく。そうすれば一人くらい目に叶うような方がいて、表情を和らげるかもしれない、と。
 だが、女王の顔はますます剣呑なものとなる。
 ダン! と地面が割れるような衝撃があった。
 女王が背筋を伸ばし、持っていた大剣を床を裂くように下ろしたのだ。
「たわけものめ」
 低い怒りすら含んだ声様だった。
 女王の顔に、酔ったものはもはやない。
「私を舐めているのか。その候補者どもは何だ」
 家臣達はおびえたように口を閉ざす。勇気ある一人の老臣が前に出た。
「お、おそれながら……我が国と友好関係を築くのを望む国の王子たちです。陛下、趣味に合わないというのであれば……どのような方をお望みか、お教えください。我が国と友好関係を築きたい国は山ほどあります。見つけてみせましょう」
 見つけるまでもなく、むしろ嬉々としてどこの国でも男を差し出してくる。この富める大国を敵に回す国はないのだから。
「そういう問題ではない」
 女王は立ち上がった。床に下ろした大剣は鞘に入ったままなのに床に突き刺さり、ひび割れさせ、かけらが飛んでいる。
「戦場では聞いたこともないような第2王子、第3王子……役にも立たん」
「では、戦に強いお方がお望みで?」
 女王は老臣達を見下ろし、口許を歪ませて、たわむれるように言った。
「私の条件を満たしたものとなら、考えてやる。――私に世界を征服させる者だ」
 老臣達は、絶句した。
 息を呑む声が、静かな宴会場に響く。
「な……陛下……」
「他国との友好関係だと? この大国にそんなものはいらん。全ての国を滅ぼし、全ての戦場で勝利する……それを助けるような男、私が望むのはそれだ」
「陛下……」
 老臣は驚き狼狽するばかりだった。
 『泰平を築く覇者』――その印を持つ女王がこのようなことを言うなんて。
 『泰平を築く覇者』というものは、過去何人も王家の血筋に現れたが、その誰もが戦を好まず、平和をもって国を治めた。彼らの御代では、戦争の回数は驚くほど少なく、かつ他国と対等に渡り合ったという。竜の印は平和と友愛の印だ。
 だが、だがこの目の前にいる女王は、気迫に溢れている。

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