翼なき竜

1.野望と犬 (2/6)
戻る / 目次 / 進む
 女王は王女時代、騎士団に入団したことがあるという。それも本格的に訓練を積み、女王は現在、かなり強い。大の男でも持ち続けるのがつらいような大剣を腰にぶら下げているくらいだ。
 しかし、今なぜ、騎士団長の話が?
 その疑問は言葉にならずとも、顔に出ていた。
「うむ。最近会っていないので、手紙とこちらの酒でも送ろうと思っていたんだ。宰相、頼むな」
「え……ええと……今晩でなければ、なりませんか?」
「ああ」
「……そ、それは、私でなければならないので?」
 宰相の仕事とは思えない。使者ならいくらでも立てられる。
 ――という職務上のことよりも、『今晩』という一言で踊った自分は、惜しんでしまうのだ。
 『今晩』が誤解だったとしても、使者に赴くより、二人で書類仕事していた方がいい。
「宰相、私が最も信頼を置くお前だから、ブッフェン騎士団長のもとへ送り、彼へ信愛の情を示しておきたいのだよ。特に最近会っていないものだから。お前だから、使者になってほしいのだ」
 『お前だから』『信頼を置くお前だから』
 宰相の舞い上がったり落ち込んだりした心は、再び浮上した。
 二人で書類仕事がだめになったのは残念だが、そんな機会はまた来る。ここで女王の信頼を裏切りたくない。
「はい!」
 宰相はうきうき気分で、使者に立つ用意をしに、部屋を出るのだった。宰相の背がかなり高いせいで、途中で扉の上の壁に額をぶつけていた。痛みにうめきながら、それでも踊り出しそうな様子で去っていった。



 その夜の城では、豪勢な宴が開かれていた。
 この大国は難しい建国の歴史ゆえに、ずいぶんと東西の文化が宮廷で混在している。西の国家には野蛮とひそかにあしざまに言われているが、あくまでひそかにだ。面と向かって喧嘩を売る国はない。
 宴は広いホールで行われ、円形に囲む。中央に開いた空間で、催し物が行われ、楽しませる。
 もちろん上座には女王。やわらかく大きなクッションに身を沈め、露出の多い女達が給仕役として侍っている。
 そして周囲には名だたる家臣たちが集っていた。……宰相を除いて。
 女王のグラスに、濃い色味のワインが注ぎ込まれた。
「ほう……エルマーナ地方のだな。私が好きなワインだ」
 女王はグラスを回して、一口飲んだ。
「ささ、陛下、どんどんお飲み下さい。他にも酒を取り寄せております。もちろん、食べ物も。ささ」
 女王は家臣の顔を見ながら、もう一口飲み干した。
 踊り子の踊りがあった。芸人の芸があった。楽が鳴らされた。
 それらは見事なものばかりであった。女王は終わる度に拍手を打ち鳴らす。そんな彼女を家臣達が顔色を窺うように見ているのも、女王は気づいていた。
 酒も大分呑んだ。うまいものも食べた。
 そろそろ散会してもおかしくない頃になって、女王は訊いた。
「それで宰相をのけ者にして、私に何の話だ?」
 家臣達は顔を見合わせ、一人の臣下が前に出た。
「宰相を軽んじるつもりはございません。お若い方ですが、有能な方であることはみな認めております。ただし、この件につきましては、あの方はこの場にいない方がよいのではないかと……宰相にとってはショックだろうと思いまして……」
 女王は度数の高い酒を舐める。
「私の結婚話か」
 はい、と家臣が頭を下げる。
 宰相は女王の結婚話をことごとく潰しにかかってるのだ。
 だが、大国の女王たるもの、他国とのつながりの上としても、結婚は重要だ。

戻る / 目次 / 進む

stone rio mobile

HTML Dwarf mobile