奪ふ男

ジョーカー 1−7 (4/5)
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「できたらいいね」
 だから僕は、ルリの言葉を反芻した。僕自身に言い聞かせるためにも。涙をこらえながら小さくルリはうなずいて、うん、と言った。
 ルリは僕に時折支えられながら、うっすらと雪の覆う道を歩き始めた。
 合格したいね。
 一緒に合格できたらいいね。


 数日後に、高校からの速達が届いた。合否通知だ。
 速達だった。玄関のドアから階段を降りた先にある門扉でサインをして、配達人から受け取る。
 待ちきれなくて、その場で、A4ほどの大きさの袋を開ける。合か否か、果たして――。

『合格おめでとうございます』

 あっけない、その文字。僕はしばらく眺めていた。徐々に、胸の奥から喜びがせり上がり、頬がゆるむ。
「智明、合格したの?」
 斜め向かいの塀の影から、ルリが顔を出していた。風邪は治って、元気な顔で。ルリも僕と同じ封筒を持っている。
 ルリのところにも合否通知が届いたのか。
 少し考えれば当然のことだった。同じ高校を受験したのだし、合否通知は一斉に配送したのだろう。僕とルリの家は近すぎるくらい近いのだから、配達人だって一緒に届けたはずだ。
 ルリが近づくにつれ、その手にある封筒の封が切られていることに気づいた。すでに中身も見たのだろう。
 僕の手許の合格証書を覗き込み、にっこりルリは笑った。
「一緒に、同じ高校行けるね」
 そうして、名前だけが違う同じ合格証書を、僕に見せたのだった。
 僕たちは合格証書を互いに見せ合った。並べて、透かして、とにかく笑いながら。笑って笑って笑って、笑い疲れたくらいになって、ルリはしみじみと言った。
「私ね、智明と一緒に合格できたら、しようと思っていたことがあったんだ」
「何?」
「……全部、水に流すこと」
 ルリは不思議な表情を浮かべた。静かな苦しみと慈愛の入り交じった菩薩のような表情と言えばいいのか。
「私、バカだったよ」
 何故か胸がどきんとした。その言い方は、良い言葉でも悪い言葉でも繋がるような気がする。
「智明が鈴山君を奪ったのは、タチの悪い私に対する嫌がらせだと思ってた」
「嫌がらせ?」
 そんなことのために、あの優柔不断野郎を誘ったと?
「そんなわけないだろ。僕がどういう気持ちで……!」
「わかってる。わかってるから」
 ルリはかぶせるように僕のまくしたてようとした言葉を遮る。
「智明は、意味もなくそんなことしないよね。私に優しいこともわかってる。智明はただ……一途に、想っているだけなんだよね」
「ルリ……!」
 わかってくれたんだ……!
 僕がどれだけルリのことを想っていたか。鈴山とのあれこれも全て、ルリを想うがゆえのことだと。
 思わずルリの肩と腰に手を回し、抱きしめた。ああ柔らかく、温かい。何もかもがぴったり合うような感じがする。ずっとこうして抱きしめていたい。
「わかってくれたんだね、ルリ」
「うん……全部、水に流す。智明も辛かったんだよね」
 そうだね、辛くて辛くてたまらなかったけど。
「もういいんだ」
 ルリが鈴山と別れて、元通りになってくれるなら、僕も水に流すよ。
「鈴山君のことは、私はもう、何も口にしない。謝りもしない鈴山くんに未練なんてないし……もう、いいんだ……。だから智明は、気にしないでね……」
 少し苦しそうに、ルリは僕の肩口で息を吐く。

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