奪ふ男

ジョーカー 1−7 (3/5)
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 僕とルリは抱き合った状態で、一瞬見つめ合う。ルリは目を閉じる。そして顔を僕の胸に押しつけるようにして、身体を預けた。
「うん……」
 風邪を引いて弱ったルリの言葉は、考えた末に口に出したようではなく、子どものようにただ感情の赴くままに素直に言っているようだ。胸元で囁く声が甘くて、脳髄がしびれそうだ。
 ルリは今、僕に全てを預け、安堵のうちに眠りについている。なんて温かいんだろう。僕のコートを着て眠るルリの表情はなんてかわいいのだろう。
 このままバスがずっと走ってくれればいいのに。ずっと、ずっと。


 でも、バスは止まって、家の近くに到着した。
 そのときルリも起きてしまった。
 暖かいバスの外に出ると、雪の降る寒さが余計に身にしみる。ルリにコートを貸して、制服の上に何も着てないせいもあるだろうけれど。
 ルリはふらふらしている。あまりにふらふらしているものだから電柱にぶつかりそうになったのを、寸前でかばうようにして止めた。
「仕方ないなあ、僕がいないと。頭からぶつかるところだったよ?」
 笑いながら言うと、ルリはじっと僕のことを見てきた。
 雪がちらちらと降り注ぎ、ルリの黒髪に点々とくっついている。優しくそれを取り払っていくけど、次々と雪は降るものだから、終わらない。
「積もるかな」
「……さあ」
「そういえば昔、雪だるまを作ったことがあったよね」
 この地方は、雪はあまり積もらない。だから雪だるまを作ることができるなんて、めったになかった。小学校の時だっただろうか。はしゃいで雪だるまを作って遊んで、数日も経たないうちに溶けていった。
「楽しかったな。ルリと一緒に遊んで。溶けた雪だるま見て、ルリは泣いちゃったんだよね」
「うそ」
「本当だよ。僕はちゃんと覚えてる」
「……そう、だったかな。雪だるまを一緒に作って楽しかったことしか覚えてないや」
「良い思い出だ」
「……そうだね」
 話す間にも雪は止まらない。ルリの髪は白さを増していた。僕の頭も。服も、靴も。
 真剣さと困惑が入り交じった顔でルリは僕を見上げた。
「智明は……何がしたいの……?」
 何が……?
「何で、こうやってコート貸してくれて、ついてきてくれて……私のことが嫌いなんじゃないの?」
「嫌いなわけないじゃないか」
 即答した。そんな馬鹿なこと、あるわけがない。
「ルリのことを心配するのは当たり前じゃないか。まだ寒い? だったら学ランも貸そうか? 辛くて歩けないなら、担いで運ぼうか」
「何がしたいの、智明は」
 何が。
 僕が今、一番望んでいることは。
「元気になったルリが見たい、それから、一緒の高校に通いたいよ」
 ルリは黙った。
 突風がやってきて、風と雪が舞う。笛の音のような風音が聞こえる。
 足跡が消えていく。僕たちの歩いてきたことによって汚した白い道が、自然に元通りに戻っていく。
 ルリは小さな咳をした。そのまま電柱によろけそうになったルリを、僕は支えた。
「合格……」
 小さくルリはうわごとのように呟いた。
「……できたら、いいな」
 試験を振り返れば、僕だって結果に自信満々とはいえない。わからない問題もいくつもあった。時間配分を少し間違えたところもあった。
 でもルリは保健室受験だけあって体調は万全でなく、僕以上に全力を尽くせたとは言えないのだろう。悔やんだところもあるのだろう。
 大丈夫、なんて適当なことは言えない。

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