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 第9話 革命軍潜入(2)


 あまりの轟音。そして地響き。地面が少し揺れる。
「なんだ!」
「地震か!?」
 周りの人間もきょろきょろと見回した。
「どうした!? 敵襲か?!」
「外からだぞ!! なんだ、これは!」
 革命軍の連中の戸惑いの声も響いてくる。
「いまだ! 逃げるんだ! 早く!!」
 混乱していたノアの使用人、護衛兵たちは、ノアのその声に冷静さを取り戻した。
 そして勢いよく走り出す。
「殿下も早く!!」
 ノアは首を振る。
「だめだ。約束だ。重要人物たちをひきつけている間に、俺は代わりに彼女の大切なものを取り戻す、と」
「そんな場合ではないでしょう! 殿下のお命が何にもまして優先事項です!」
 ノアはもう一度首を振る。
「イライザ、俺を、約束を破る人間にはさせないでくれ。彼女だって命の危険が、今もある。こんなところで議論している時間だって惜しい」
 イライザは言いかけた言葉をのんだ。
「……わかりました。ですが、私は殿下についてゆきます。大事なものとはなんですか?」
「箱だそうだよ。宝石箱ほどの大きさで、中にはシンプルな細剣と、高価な指輪」
「……高価なものなら、宝物庫にあるでしょうね」
 ノアとイライザは混乱したアジトを走り回った。革命軍の連中は、先ほどの聞いたこともないような轟音によって、周囲を気にする余裕もない。
 いくつかの穴の奥まで行っては戻り、行っては戻り、を繰り返すと、ようやく宝物庫が見つかる。
 イライザの剣によってむりやり開けると、そこにはノアの背丈より高い山になった宝物。
「この中に、多分あるな」
 そのとき、二度目の轟音が響いた。ノアの顔がゆがむ。
「殿下、この音はなんなのですか」
「俺もよく知らないんだけど、それも彼女が持ってきたもので、本来は鉱山で硬い岩盤などを壊すのに使う、火薬、みたいなものだって」
「岩盤を壊す? その彼女は炭鉱掘りなのですか? そのようなものは、エリバルガ国の炭鉱掘りのみに受け継がれる、製造方法は門外不出の、重要で危険なものだと聞きますが」
「イライザ詳しいな。彼女もよく知らないようだったよ。そいつを3発、森の中に仕掛けたんだ。だからあと1発。それまでにここを脱出しないと……」
 2人は山になった宝物を漁る。
「……殿下、その箱の特徴、詳しく聞いていませんか?」
「え…っと、箱の右隅に、鷲とエンジュの花が組み合わさった家紋が彫られているって。中にある指輪も同じマークがスタンプのように彫られてる」
「もしや、これでは……? 中にナイフくらいの短い細剣と、高価そうな指輪です」
 ノアは振り向いて、座っているイライザの元へ駆け寄った。イライザが持っていた箱は、両手で抱えるほどもないくらいの大きさで、中にはほっそりとした剣と、中央に指輪がある。ノアはその指輪を取り出して、箱の表に彫られたマークを見比べる。
「これだ、多分これだよ!」
 その瞬間。突然2人は影に覆われた。
 ノアはすかさず振り向く。
 その瞬間、気配を殺していた男が剣を振り下ろす。
 目の端に、剣を抜くイライザの姿。
 ――でも――間に合わない――
 ノアの視界が、赤く染まった。
 血しぶきが飛ぶ。
「あ……う…………」
 目の前の男が。
 目の前にいる男が、うめき声を上げた。剣を振り下ろす直前の姿のままで。
 そして、ごほ、と男は血を吐いた。
 そのままの姿で、男はノアの横に倒れる。男の背中に斜めの切り傷。
 倒れた男の向こうには、パトリーが立っていた。
 左手は三角巾で吊られたまま、右手で剣を持って。剣には血がついていた。
 逆光で見えにくいが、青白い顔で、荒い息をしていた。
 ノアは呆然としている。パトリーが、
「右手だけで剣を使うのって、思う以上に難しいわね。後ろから切りかかっても」
 と右手の剣を鞘にしまった。
「あ、ありがとう」
「あたしの箱も見つけてくれたようだし、ともかくさっさと逃げましょう」
 パトリーはイライザの持っていた箱を受け取った。ノア、イライザ、パトリーの三人は走り出した。
 2度の地面が揺れるほどの轟音によって、アジトは混乱を極めている。
 多くの人々が外へと向かっている。
 その人ごみにまぎれて3人は脱出できた。
 外で状況把握を行っている革命軍とは場所を離れ、3人は森の奥へと入った。
 ノアは先に逃げた使用人や護衛兵はどこにいるだろうか、と考えていると、パトリーが難しい顔をしてつぶやく。
「おかしいわ……」
「何が?」
「3回目の爆発が起こっていないのよ。もうすでに起こっているはずなのに」
「不発? それって、危険じゃないのか? このまま放っておく訳にもいかないし」
「……原因を確かめなくてはならないわ……」
 3人は森の中を歩き始めた。
 枝葉をかきわけて。パトリーが先頭で、ノア、イライザと並ぶ。
「なあ、パトリーはエリバルガ国の炭鉱掘りなのか?」
「いいえ。シュベルク国出身よ」
 同じ国だ、とはノアは言えなかった。小さいときからエリバルガ国の学校で学んでいたノアは、母国シュベルク国にほとんど帰っていない。ときおり兄の結婚式だとか葬式だとかのため、秘密裏に帰国する程度のことだからだ。
「じゃあ、火薬とか薬とか、どこで手に入れたんだ?」
「特に岩盤を破壊する為の火薬なんて、エリバルガ国でも製造法は隠されていますよね?」
 イライザも口を挟む。
「……ウダナって町、知ってる?」
 パトリーは静かに話し始めた。ノアは首を振る。イライザはノアに向けて説明した。
「エリバルガ国でも大きな町です。他の町と違い、町を治める領主が強い国王派であったので、税は他の場所よりもとられることはありませんでした。そのため穏やかな町だったのですが……2週間ほど前、革命軍によって町は火の海になったと」
 パトリーはうなずく。
「そうよ。後から聞けば、町から吸い上げる分の税は、周りの町や村から搾り取られていたのね。それが、革命軍の怒りを買った。あのアジトにいたベッカーたちが、町中に火をかけたの。
 そのときあたしはウダナの宿屋にいて、この通り、左腕に骨折とやけど、右目に傷を負った。ウダナの町の人も、多くの人が怪我をしたわ。あたしが取られた箱を取り戻しにいく、と言うと、あの火薬と麻酔薬をくれた。――町の人たち、恨みが行き所をなくしていたわ」
 ノアはパトリーの顔を覗き込んだ。
 だけどノアがいるのはパトリーの右側で、スカーフに覆われていて、顔色も、表情も、うかがい知ることはできなかった。
「痛かった?」
 言った瞬間、自分の質問の幼稚さにノアは、
「あ、ああごめん。忘れて」
 と前言撤回する。パトリーは後ろについてくるノアに顔を向けたが、見つめるだけで答えなかった。
「――なんで、みんな幸せに…………」
 パトリーは小さく何事かつぶやく。最後はよく聞き取れなかったけれど、ノアに聞き返すことはできなかった。
 パトリーがさえぎる枝をつかむ。そして、バキ、と音がして、枝が折れた。


 火薬を仕掛けた場所に近づくと、そこには複数の男が立っていた。
 パトリーたちは警戒する。
 アジトにいたような男たちと、どこか雰囲気が似ていたからだ。
「この、爆薬はとめさせてもらったよ」
 導火線がのびていた。その導火線は、発言した男のすぐ下で、すっぱりと切られている。男には口ひげがあり、小さく口を動かす。
「2度、爆発があった。君たちの仕業かな?」
「だれだ?」
「ガストン」
「まさか……革命軍の、リーダー?」
 パトリーが声を上げて、警戒を濃くする。
「早めに来てみれば、爆発騒ぎ。国王派……か?」
「違う。あたしは盗まれたものを取り戻す為、彼は捕らわれた人を助ける為、その火薬は陽動として使わせてもらっただけ」
「盗まれた……捕らわれた人……ふぅむ……」
 ガストンは腕を軽く組む。
「……ベッカーが盗賊まがいのことをしているのは知っていたが……事実を問わねばならないな……」
「……聞いていいかしら。ウダナの暴動、あなたはどこまで知っていた?」
 パトリーの瞳は、鋭くガストンを見据えていた。
 熱い、熱いほむらに燃える瞳を向けて。
「どこまで……そう、事前にウダナを襲う、くらいのことは知っていた」
「なら、その結果ウダナがどんな惨状になったか、知っている? 町中に火の手が上がり、人々は混乱して、家の火を消すどころの話ではなかった。
 あたしはそのとき、宿屋にいたの。宿屋の娘と一緒に取り残されて。ガラスが割れて、右目に傷を負った。なんとかかばったけど、娘を抱えて逃げて、今度は左腕にやけどを負った。ようやく宿屋の出入り口までたどり着いたとき、最後の最後、煙のせいであたしと宿屋の娘はその場で倒れたわ。もう、死ぬかと思った。
 しばらく経って、扉が開いた。誰かが助けに来てくれたと思った、なのに……。したら、入ってきた男は倒れていたあたしと宿屋の娘の懐を探り始めたのよ。あたしの持っていた大事な箱を手にとると、そのまま男は出て行こうとした。助け出そうともせずに。朦朧とした意識で、あたしは必死に手を伸ばした。男のズボンのすそを掴んだわよ。
 そうしたら、その男、何をしたと思う? もう片方の足で、あたしの腕を何度も何度も踏みつけた。何度も、何度も。あたしの骨が折れて、すそを手放したら、悪態をついて男は容赦なく出て行ったわよ。それが、あんたたちの仲間の革命軍のやったことよ。国民のため、と言ってやっていったことよ」
 パトリーは右手を吊るしている左腕に添わせた。
 視線を決してそらさずに、パトリーは低い声で鋭く言葉を発した。荒々しく怒ってはいない。だがそれ以上の憤怒が……。
 灼熱の大地のように乾いた、紫の瞳が見据える。
「宿屋の娘も、やけどを負ったわ。他の町の人々も。もう2度と元には戻らない傷を負った人も多い。今でも生死をさまよっている人もいるの。息子を、娘を蘇えらせて、と叫ぶ親に、あなたたち何て言えるの?」
 ガストンは、静かに聴いていた。淡々と話しだす。
「……ウダナの暴動は、革命の起爆剤として、必要なことだった。ウダナの人間が安穏と暮らす横で、娘を売り、子を捨てなければならない人間がいた。ウダナの人間は、それを知っていて、見て見ぬふりをしていた。
 革命軍にいる多くは、虐げられてきた人間だ。ベッカーがあの周辺に住んでいたことを知っているか……? ウダナの税の分、高い税を払わされ、子は栄養失調で亡くなり、妻は売られていった。ウダナを襲ったことも、あの男は後悔していないだろうな。
 蘇らせて、と言うのなら、ベッカーはこう言うだろう。『ならおれの息子を蘇らせろ。お前たちの笑う横で、栄養が取れずに死んだ息子を蘇らせてみろ』と」
 パトリーの表情がゆがんだ。
 不毛だ、とノアは思った。
 そんな復讐、何が残るんだ。たまらない。あまりにも、たまらなかった。
 そして、自分が大学に行って笑っていたとき、横でそれを憎んでいた人がいるかも、なんて考えると、全てが嫌になる。
「そんな、そんなの……!」
 パトリーは首を振る。
「それでは何も終わらない。その不毛さを理解しない限り。だから私はこの国を立て直す。今度こそ、国民、全てのために」
 ガストンの言葉は静かに響く。悲しく、響く。
 事実悲しいことなのだ。『国民全てのため』、国民と戦ってゆくというのは。一種の矛盾で。
 パトリーは包帯の巻かれた左腕を見つめて、
「それでも、それでもあたしはこの腕の痛みを、右目の痛みを、忘れられない。焼けた肉のにおい、目の前に迫る火。恨みも、憎しみも。一生、許すことなんてできない……!」
 そう、彼女はうめく。
 彼女は、傷を負ったのだろう。目に見えるものだけでなく、心にも。ノアにはそれを見ることが、居た堪れなくなって。パトリーの肩に手を乗せる。
「もう、行こう。ここにいても……」
 パトリーは少し目をつむって、小さく、首肯した。


 パトリーは別れて、去っていった。グランディア皇国のセラに行かなければならない、と。
 あっさりとした別れで、拍子抜けしてなんだか残念な気がしたものの、ノアはイライザと他の使用人たちを探しに森の中に入った。ノアの使用人、護衛兵たちは森のはずれにいた。
「殿下、ご無事でよろしゅうございました」
「うん。……でも、これからどうすればいいかな……」
 ノアは顔をうつむかせて考える。少し躊躇しながら、イライザが言う。
「あの……殿下、少し、気になるのですが……パトリーさん、もしや殿下の婚約者ではありませんよね?」
 ノアの目が点になる。
「へ? あ、そういや婚約者、パトリーって名前だっけ……それにしてもありえないよ! だって顔も髪も体も、あの絵と全然違うじゃないか!」
「殿下……申し上げたでしょう。絵は絵です。いくらでも望みどおりに描けるのですよ」
「なっ……! だって!」
 それが本当なら二割どころではない。詐欺だ。嘘に決まっている。動揺しながらも、ノアは自分へ言い聞かせるように理由を組み立てる。
「そ、それに、片目のパトリーだって、俺のこと気づいていないし! 婚約者だったらわかるものだろ? あんな熱烈なラブレター書くくらいなんだし!」
 自分は婚約者にもかかわらず、同じ名前の女に出会っても何にも思わなかった(そもそも婚約者の名前を忘れてた)ことは、横に置いておく。
 な、とノアはイライザに同意を求めるが、イライザは厳しい顔で顔を横に振る。
「しかし……あの箱の紋章、あれはおそらくどこかの貴族の家紋です。シュベルク国出身と名乗っていて、それが偶然とは……」
 ノアとイライザは顔を見合わせる。
 そんなばかな、と思いながらも、ノアは考えて、決めた。
「……わかった。このまま別れたままでいるのもはっきりしない。白黒はっきりさせよう。みんな! 今回のことで、大勢で旅することは危険だとわかった。だから、俺は皆と別れる」
 ノアは振り向いて周りに告げる。他の人々がざわめいた。
「供にはイライザを連れるから、心配しなくていい。皆は別行動で、シュベルク国へ、安全な方法で帰ってくれ」
 この場で最強であるイライザを連れる、ということで場は収まる。
「俺はこのまま、とりあえず目的地・千鳥湾の『入り口』へ向かう。片目のパトリーの目的地はグランディア皇国のセラ、と言っていた。『入り口』までは一緒のルートをたどってもかまわないよな?」
 ノアはイライザに顔を向ける。イライザはうなずく。
「なるほど。共に旅をして、真相を探るわけですね?」
「そういうことだ」
 そうしてノアとイライザは、別れたパトリーの後を追った。
 見つかると、パトリーは驚いた。
 「千鳥湾の『入り口』を目指していたのだが、馬車も何も失ってしまったから、旅の共にさせてくれ」、と頼むと、「いいわよ」、と簡単にパトリーは承諾して。
 黎明の空の色。彼女の左目が細くなり、笑みの形を描く。
 彼女の痛みがどれほどのものかはわからない。
 だけど、これよりずっと後に、パトリーが、「時は癒してくれるのね」と、穏やかに言うことを、無論まだだれも知らない。
 それを言うのはパトリーの傷が治った後のこと。
 ノアがパトリーに惹かれて、好きになって、そして自分でもその想いを自覚した後のこと。
 まだ当分後のこと……。
 そんな未来をノアは知らないはずだ。だが、ノアとイライザが旅の仲間になることを承諾して笑うパトリーを見て、彼女なら大丈夫だろう、と根拠もなくノアは思うのだ。
 後になって、辛くても笑って歩いていくところと、その笑顔に惹かれたのかな、とノアは自分を分析する。
 それもまた、ずっと後のこと。




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