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 第9話 革命軍潜入(1)



 突然森の中から現れた俺達に、門番は驚いて武器を構えた。
「警戒しないでください。あたしたちは同志です」
 パトリーは柔和な笑顔を見せた。
「何者だ」
「革命軍のリーダー、ガストンの娘です。ここにいらっしゃるというベッカー様にお会いしたくまいりました」
 パトリーはすらすらと述べた。
 ――もちろん、嘘である。
 ノアはその少し後ろについていながらも、つい先ほどのことを思い出した。


『闇雲に突撃しても、人数で負けるわ。……壊滅させることは無理よ。大事なものを取り返すことだけ、それだけ考えましょう。仮にも革命軍の一員と名乗る奴らのことだわ。革命軍のリーダーの娘、と聞けばアジトにしている廃鉱に入れてくれるかもしれない』
『なら俺が革命軍のリーダーの息子、とするのはどうだ?』
 パトリーは首を振った。
『ろくに革命軍の内情は知らないのでしょう? 尋ねられても娘なら、知らない、で通すことができるわ』


 門番は動揺している。
「ガストンの娘……! 急に何をしに来たのですか? それに、連れている男は……?」
「彼は私の護衛よ。ここに来た理由は、ベッカー様にお会いするまで話せない、内密の話をするため。ガストンの娘を、中へ案内してくれないの?」
 門番は手を横に振って、一人が慌てながらも案内する。
 廃鉱の中は少し改造され、なんとか人が住めるようになっている。
 ノアとしては、こんなところで寝泊りするなんて考えられない。分岐点は多く、なんとかそれらを覚えようと努力する。更に、どこにどれだけ人がいるか、も。
 ある分岐点。パトリーがとん、とノアの腕に触れた。門番には聞こえない小さな声ですばやく囁かれた。
「さっきの分かれ道の先、異常に人が多かった。きっと、そこよ」
 ノアもそれは気づいていた。小さく頭を前に振る。
 奥深くまで到達すると、そこには5人程度の体の大きい男たちが話をしていた。
 案内をした門番があわてて俺達の紹介をする。驚き、いっせいにこちらを見る。
「ガストンの娘……!?」
 パトリーは貴族的にはならないように頭を下げた。
「ガストンの娘が何の用だ?」
「父から、重要な話をことづかって来ました。内密な話にしなければならない、ということで父から遣わされました」
 ノアたちから一番遠い場所にいた男が自分のふとももの辺りを叩いた。椅子に座っている。叩いた音で他の全員が振り向く。
 この男が、ここのリーダー格、ベッカーだろう。
「おかしな話だ。ガストンは軍を連れてこちらに向かっていると聞いている。今日中か、明日あさってにも来ると聞く。わざわざ娘御を使者に立てることもないだろうに」
 ベッカーはパトリーの顔を冷たいまなざしで見つめる。ノアは予想外のことに隣のパトリーに顔を向けたくなる衝動にかられた。
 どうするんだ、こんなこと、予定にない。
 パトリーは先ほどと変わらぬ冷静な顔である。
「――父は」
 彼女はどこまでも冷静に見えた。
「父は、内密の話をしたかった――言ったでしょう?」
「もうすぐ来るというのにか」
「ええ。父は革命軍を連れてこちらまで来ます。それはもちろん、国王軍にも知られている。当然でしょう、人が多く動くのだから。スパイだっている。知られる前にどうしても話さなければならないことがあるのです」
「何だ」
 矢継ぎ早にベッカーは訊く。考える時間を与えてくれない。
「……革命軍への、人と武器の提供の請願です」
 ベッカーは鼻で笑う。
「人と武器の提供? 何を言う? ガストンとおれは同じ革命軍の同志。それを『革命軍』への提供?」
 ノアはせわしなく二人の顔を交互に見る。
「――本当にガストンの娘か?」
 核心に迫る言葉が厳しく響く。
「そもそもそれほど傷だらけの娘を、護衛一人で連れてくる……あの冷静な、いや、御託ばかりのガストンらしくないな」
「――あたしは、ガストンの娘です」
 パトリーはそれでも冷静な顔を崩さなかった。ノアはそれに感服した。しばらく見ると気づく。彼女の唯一動く腕、右腕が細かく震えているのだ。
「証拠は」
 パトリーは演技たっぷりに皮肉な笑みを見せる。
「あるわけがないでしょう。もし、国王軍にガストンからの使いだとばれたら、ベッカー様にまで迷惑がかかる。あたしのこの傷の数々はだてではありません。革命軍の同志の、革命への妨げとなるなら、喜んで命を差し出しますよ」
 パトリーは一呼吸おいた。
「……革命軍への提供への請願、というのも本当の話です。ベッカー様、今あなた様のように各地で暴動を起こす革命軍は多い。しかし今、それではいけないのです」
 パトリーの右手はぎゅう、と握られたまま、そのまま震えている。
「国王軍を完膚なきまでに倒すため、今こそ革命軍は各地で行動を行うグループを終結させ、一つになるべきなのです。――そう、活躍は聞いております。まず最初に革命の発端となったウダナでの暴動、あなた様の功績は大きい。人を集めた力。決断力。そして最近も精力的に、貴族の馬車を襲っていると聞いております。すばらしい行動力! そのあなた様の力を、ひとつに結集される『革命軍』へとお貸しいただきたい。……そう、そう言いたかったのです」
 沈黙が訪れた。しばらくすると、ベッカーは拍手をした。
「……まるで、革命軍のほかの同志の演説を聞いた気分だ。
 さすが、ガストンの娘だな。その弁、ガストンが寄越すだけの価値ある女だ」
 難しいパズルを完成し終えたかのような達成感。パトリーの目にそれが宿っていた。
「だが、受けるかどうかは、話は別だ。詳細を聞こうではないか。おい、ガストンの娘に椅子を」
 話はひと段落ついた。
 パトリーが、こほん、とせきをした。ほうけていたノアは、顔を上げる。
 合図だ……!
「あ、あの……!」
 ベッカーは初めて発言したノアへ、体を捻らせて見た。
「お、俺、お手洗いに行きたいんですけど……!」
 育ちが育ちなもので、ノアは大勢の前でこんなことを言うことに赤面した。
 隣でパトリーが、
「護衛の自覚はあるの? さっさと行きなさい」
 と、あらかじめ考えられていたセリフを言う。
 「はい」、とそこを出ようとすると、
「待て」
 とベッカーの声が反響した。
「護衛とはいえ、一人で勝手にこの中をうろつかれても困る。まず、剣を置いていけ」
 ノアは驚く。これは入る前にパトリーから渡された剣だ。護衛役には必要だろう、と。
「当然のことね」
 パトリーはそう言って、ノアに剣を腰から外すことを促した。そしてその剣をベッカーの部下が取ろうとしたところ、前に入り込んだパトリーが取る。
「あんたがいない間に、この剣を護衛役にさせてもらうわ。――いいでしょう?」
 受け取り損ねた部下は肩をすくめる。ベッカーは首肯した。
「いいだろう。だが、そこの護衛にはもう一つ条件がある。おれの部下を見張りとして連れて行くことだ」
 ノアは動揺した。
「なんだ?」
「……だって、お手洗いに行くのに人に見られるなんて」
「ここで我慢するか?」
 しばらくためらった後、ノアは首を横に振る。
「……しょうがない……行くよ」
 1人ノアの前に男が来て、こっちだ、と連れてゆく。歩き出したノアの後姿に、
「まったく役立たずの護衛ね。早く帰ってくるのよ。……あと、15分以内にね」
 ノアは少し振り返って首を前に振った。
 後ろから、さて話を始めようか、とベッカーの声がした。


 案内する男はノアと同じくらいの身長だ。だが体格で完璧に負けている。
 男は来た道と同じ道を進む。
「もしかして、お手洗いは中にはないのか?」
「そうだ。いったん外に出てもらう」
 つまり行きと同じ道を通るということだ。好都合である。
 ノアが注意深く探っていたのは、人の多い場所だけではない。人気のない場所もなのだ。
 もとは廃鉱。穴はそこらかしこにある。そのなかで、人目につかない、暗い場所にさしかかると、ノアは後ろから男におどりかかった。
「な、何を!」
 ノアの両手は首筋にからまり、男はあわてて振り払おうとする。ぶんぶんと振られながら、ノアは必死にしがみつき、右手を首から上、そう、口まで持っていった。
 男の口元を覆う右手に、何か薬品系のにおいがする布が。
 そう男が気づく前には、男は意識をなくして、その場に倒れた。
 ノアは息を整える。ずるずると男の体を完全に目に付かない場所まで運び、そろりとノアは小走りで駆ける。
 ――持っていた剣は、もともと使う予定ではない。そもそも剣なんてノアにはろくに使えない。
 彼が手にする布。それには薬品をしみこませていた。パトリーが持っていた薬品だ。
 ……急がなくてはならない。パトリーが時間稼ぎをしている間に。
 ノアは布をポケットにしまい、代わりにビンを取り出した。
 そして先ほど目をつけた、人の多い場所。
 十中八九、何かを守っているか、逃げ出さないように監視しているか。
 そろり、とノアは足を踏み入れた。
 もともと暗い廃鉱である。ある程度までは近づけるはずだ……ある程度までは。
「……ん? 誰だ?」
 一番手前にいた男が気づいた。まだ遠い。
 焦るな、焦るな、俺。
 ノアはにこやかに、そして品の感じられる笑みを浮かべる。
「ガストン様のお嬢様の護衛として来たものですが、お手洗いに行こうとして迷ってしまって。あ、外へどう出ればいいか教えてもらえませんか?」
 言いつつも近寄ってゆく。他の男たちも姿も、暗闇からあらわれる。
「実は案内役の方と、途中はぐれてしまって」
 もう少し、もう少し……!
「はぐれた?」
「ああ。ここ曲がりくねっているでしょう? 珍しいものであっちこっち見回していたら、いつの間にかはぐれて」
「そんなはずはない。ここは大きな道が一本通っている。そんなはずは……」
 男の顔に、疑念の色が濃く表れた。
 しかしもう遅い。
 ノアは持っていたビンのふたを開け、思いっきり奥へと投げ込んだ。
 カシャーン!
「うわっ、なんだこのにおいは」
「薬か?!」
 ノアはにおいの充満するその場所から、手で口元を覆いながら逃げる。
 その後も男たちの戸惑いの声が聞こえたが、しばらくすると沈黙が訪れる。ノアは顔を出して、再びそろりそろりと歩く。奥まで進むと伏した男たちの姿。
 更に奥には扉がある。鍵がついているようだ。
 ノアは片手で口を覆って、倒れた男たちのふところを探り始めた。
 そのとき。
 ガッ
「なんだ!?」
 ノアの足首が掴まれた。
「お、ま……え……!」
 伏していた男の中の一人が顔を上げる。ぎりぎりとノアの足首をねじり切るように力をこめた。あまりの力にノアは悲鳴を上げそうになる。
 ノアは必死にその手を離そうとする。
 男はもう片方の手も伸ばす。ノアが足首を掴む手に気をとられている間に、その手はノアの近くまでやってくる。ノアは息をのんだ。
 やられる!
 ノアはぎゅっと目を閉じた。
「う……!」
 男の手はそのまま、ばたん、と落ちた。足首を掴む手も力が抜けている。
 まったく動かなくなった姿をしばらく見て、ようやくノアは安堵のため息をついた。冷や汗が出る。
 ノアがそのままこわごわと男の懐を探ると、鍵が出てきた。奥の扉にさしこむと、かちゃり、という音と共に扉が開く。
 警戒しながら暗闇のその部屋を覗き込むと、
「殿下!!」
 といういつもよく聞いた声――イライザの声が聞こえた。
「イライザか!!」
 扉を思いっきり開けると中の暗闇がもう少しよく見えるようになる。
「ご無事でしたか、殿下」
 ずりずりと縛られた足と手でやってきたのは、やはりイライザ。ノアは後ろ手に縛られているその縄をほどいた。
 ノアの連れてきた使用人たち、護衛兵たちもいる。
 皆、ノアの姿を確認すると、喜びの声を上げた。
「殿下、本国からこんなにも早く兵を引き連れてきたのですか?」
「いや、そんなの待ってられなかったよ」
「どういうことです?」
「今はそれどころじゃない。皆、とりあえず縄をほどいて!」
 イライザは扉の外へ出ると、まず倒れている男たちの武器を剥ぎ取った。
「薬をかがせて眠ってもらった。起きだす前に、縄で巻いておかないと」
 使用人たちは自分がつながれていた縄で、その男たちを巻いてゆく。
「殿下、詳しい説明をお願いします」
「ああ。実はある人物に手伝ってもらい、こうして2人でこのアジトに潜入したんだ」
「2人?! 殿下、何という無茶を……!」
「無茶はわかっているよ、わかっているけど! 本国からの兵なんて待っていられるわけがないだろう!? その間にも何が起こるかわからないのに!」
 イライザは、「それにしたって」、と言い出したが、ノアがそれを封じるかのように話す。
「それよりも、今は脱出のことだ。こっちはもう薬もほとんど使った。入るとき見たけど、これだけの人数では到底勝ち目がない。逃げるには混乱に乗じるしかない」
「混乱、とは?」
 ノアはちらりと入り口の方面に目を向けた。
「もうすぐだ」
 ――あと15分以内にね――
 もう、15分が経つ。
 ごぉぉぉぉぉおおおおん……!
 地響きのような大きな音が響いた。




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