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 第4話 人鳥のいさかい(2)



 半日後。
 汗だくになって、ようやくハリヤ国とミラ王国の国境を越えて。
 横に草原を見ながら、水を飲む。
 日は暮れかけている。この休憩の後、もう少し進んだらそこで就寝だろう。
 御者もオルテスも、汗をかいて上半身は一枚しか着ていない。それは、パトリーが裸は見せないで、せめて一枚は着ていて、と懇願したからだ。
 飲み終わって、ごろん、と草原に横になる。
 遠くに、険しい山並みが見える。夕焼けが照って、壮大で、見ると気分がいい。
 隣にオルテスが座った。
「疲れたか?」
「疲れたわよ」
 正直に答える。オルテスは少しだけ笑う。
「もう、ミラ王国なのね」
 国境線を越えたところに、ミラ王国軍がいた。彼らはハリヤ国軍と同じように書類を調べはしたが、ひどい扱いはしない。逆に、馬を取られたというと、同情までしてくれた。
 馬の牧場がある場所を教えてくれて、そこで事情を話せば馬を売ってくれるだろうとのこと。
 それでも、この調子なら日数がかかるだろう。
「……国境線にどちらも軍がいるってことは、ハリヤ国とミラ王国で、戦争が起こるってことかしら。普段ではあんなところに兵はいないそうよ」
「そうとも限らない。戦争を起こさないための牽制の場合も、誰か犯罪者を追ってということもある。ああ、誰かの護衛ということもあるな」
「…………」
「何か知っているのか?」
 パトリーはオルテスを見上げた。
「あの支店で聞いたんだけど、ハリヤ国と、南方の国との間で近々戦争が起こるって、そんな噂があるそうよ」
「南方の国」
「そう。直接的にはヴァイア=ジャハ国ね。ハリヤ国と仲がいいとは言えないそうよ。でも、ナリダ帝国とアヴァダ国とヴァイア=ジャハ国は強固な同盟を結んでいるから、その両国とも戦争になるかも、という話」
「なぜ、戦争が起こるという噂が流れた?」
「戦争に必要な保存食料や物資が、ハリヤ国に大量に買われているんですって。軍が近頃騒がしい、とも聞いた。けど、ただそれだけでは噂でしかないわ。それに南方との戦争という話だったのに、北方に兵士がいるというのもおかしな話。あたしは戦争とかよくわからないから、さっぱりなのよ」
 オルテスはしばらく思案する。
「………。ハリヤ国とミラ王国の国境付近に兵を置いたのは、北に目を光らせる為か」
「どういうこと?」
「南で戦争している間に北からも同時に攻め込まれると、挟み撃ちにあうだろう。南にばかり目を向け、その間に北から攻め込まれて占領された、だなんて冗談にもならない。そこで、国境に兵を置き、北にも目を向けている、油断していないぞ、ということをその北のミラ王国に示すわけだ。ミラ王国も現在国境に軍を置いているのは、『ハリヤ国が国境に軍を置いたのなら、その監視防衛のために』という、必要に迫られて、かな。すでに、南方諸国と手を結び、挟み撃ちにする計略ということも考えられる」
「……じゃあ、ハリヤ国が戦争をする、っていうのは本当なの?」
「……情報が少なすぎる。ただ、軍が動くって言うのは、近代戦は特に莫大な金がかかるらしい。それが、ただの気まぐれで、急に武装した兵士が国境線を監視するなんてな」
 オルテスは黙考する。
 税のほとんどを軍事費に当てる軍国。貧窮する国民の目をそらす為に戦争という手段を使っても、おかしくはない。先ほど遭遇したおそらく部隊長クラスのあの男のような思想が軍内部で幅をきかせているなら、他国を見下して占領することに、ためらいはないだろう。
 戦争というものは準備など、隠そうと思っても隠し切れない部分がある。商人たちがそういうものを真っ先に知るのも分かる話だ。
 今年中に宣戦布告があり、戦争が開始されても、おかしくない。
 国民に戦う相手国への闘志を高めさせ、徴兵するころには、戦争が起こることは噂でなく真実となる。
 パトリーは少し悲しそうな顔をしている。
「どうしたんだ?」
「……海岸で一晩お世話になった家の人たちとか、支店にいる人たちとか、いろいろ考えているのよ」
「スバリオの支店はどうするんだ」
「それも、話したわ。ただ、そのときは本当に噂に過ぎなかったのよ。ハリヤ国では、戦争の噂、いつだってあるって言って。だから、もうちょっと情報が入ったら、あたしに鳥を飛ばして、それから決めようってことになったの。事態が急を要したら、あたしの承諾なしでもいいから、そちらで決めて、ということに落ち着いたわ。でも、戦争が本当だとしたら、話は違うわ。すぐにこのことを知らせて……そして、ハリヤ国経由の貿易を考え直さなくてはならなくなる。敵国との貿易なんて、ハリヤ国は認めないでしょうから」
「ハリヤ国での貿易は、ほとんど不可能、というわけか」
 パトリーは目を伏せた。
「……多分ね」
 オルテスは草原にうつぶせになる。
「そうか」
 おそらく、パトリーはそのことも考えている。さまざまな、積み立ててきたことも。そして、これもおそらくだが、今後のその身を案じているのだろう、ハリヤ国に残る人たちや世話になった人たちを。
 突風が吹いた。
 そういえば、と、オルテスは話題を替える。
「馬車にあった荷は大丈夫なのか?」
「……ああ、一応ざっと見たところ、なくなったのは真珠が多いわ。掠め取っていったように。思ったよりは多くなかったのは良かったと言っていいのかしら?」
「赤い花の方は?」
「ああ、ガリヤラカ? あれは持っていかれなかったわ」
「あんな花、売れるのか?」
 パトリーは、心外、と言わんばかりに目を見開く。
「売れるわよ。特に北の方でね。今箱に入っているのはまだ蕾だからよくわからないかもしれないけど。北では珍しいから。南国の花は」
「花を買ってどうするんだ」
「どうするって、そりゃあ、家に飾ったり、いろいろと・・・・・・あ、花束、ブーケのアクセントにしたりするわよ」
 ブーケ、という言葉にオルテスは三日ほど前のことを思い出した。それはパトリーもだった。
「そういえば、この服、婚礼衣装だとか言ってたわね」
 パトリーは三日前と同じかわいらしい民族衣装を着ている。
「……ただの勘違いだ」
「そうなの?」
「まあ、考えればそんなはずなかったな。パトリーは、結婚を逃げ出してきたんだろう」
 パトリーはがばっと起き上がる。オルテスは体勢を横にする。
「何で知ってるのよ」
「あ? いつだったか……ああそうだシュベルク国の港で、人生の墓場から抜け出す、だとか言っていただろう」
「え、それだけで分かるの」
「分かる」
 知られていると分かると、それはそれで、ストン、と何かが落ちたような気分だ。
「それで、相手は誰なんだ?」
「シュベルク国の第三皇子、ランドリュー殿下よ」
 オルテスは口笛を吹く。パトリーは睨んだ。
「ちゃかさないでよ」
「玉の輿じゃないか。一生安楽だな」
「……オルテスなら受けたでしょうけど、あいにくと断るつもり」
「何か問題でもあるのか? その皇子。顔が悪いとか変な癖があるとか変態だとか」
「ひとの国の皇子をそこまで侮辱しないでちょうだい。会ったこともないわよ」
 オルテスは眉を寄せた。
「会ってもないのに、断るのか?」
「会っていようといまいと、話を出された時点で断るわよ。誰とだって結婚をする気がないんだもの」
 オルテスは首をかしげる。
「神様の嫁になるつもりもなさそうだが。誰とも結婚しないって、今、普通の考えなのか?」
 思いがけない、普通かどうか、なんて質問にパトリーは動揺した。
 姉たちや知り合いの女性たちのことを思い出しながら、
「え、え? 普通? ……多分、普通ではない、のかな?」
 と返した。そんな観点で考えたことなんてない。
「だろうな。それが普通になると、大変なことになる。いろいろと。ま、パトリーがそういう信条を持っていることに、おれはかまわないと思っているよ」
 オルテスは、複雑な表情で続ける。
「かまわないと思っている、が、おれの人生の経験上、言わせてもらうと、我を張りすぎると、とんでもない落とし穴が待っていることがある」
 誰にでも反対されることは、予測できていた。だが、彼はあまりに真剣に言い、真剣に見つめるもので、パトリーは胸の辺りがざわめいて、視線を逸らさざるをえない。
「……な、なによ、落とし穴って。お、脅しのつもり?」
「おれの人生の経験上、と言っただろ。……ずいぶんと昔のことだが、おれも、親父に無理矢理、好きでもない相手と結婚させられそうになった」
 パトリーは驚いて顔を向けた。オルテスが、こんな話をするなんて。いや、彼は、こんな話だけじゃなく彼自身の話はまったくしてこなかった。今気づいたが、自分はオルテスのことは何にも知らないのだ。
「猛反発した結果、本当に、とんでもないことになりやがった」
「なんなの?」
 オルテスは勢いに任せて口を開きかけたが、やめた。
 ゆっくりと。
「おれという存在を全て抹消して、おれがおれでありえる場所を、奪ったのさ」
 酷薄な笑みだった。憎しみや怒りというものが行き場を失い、笑うしかないから笑ったかのような。
 パトリーは、息を呑んで、聞かずにはいられないことを口に出す。
「……今のオルテスは、オルテスらしくいれないの?」
 その質問には、オルテスが驚いた。肘をつき、思案する。
「……どうなんだろう。おれの好き勝手にしているつもりだが、それがおれらしいかと言えば、難しいな。本当にどうなんだろう。……こんな年になって、自分が何なのかを考えるだなんて、思いもよらなかったな」
 考える横で不安げな表情で見ているパトリーを見たオルテスは、ゆっくりと起き上がり、スカーフの巻いてあるパトリーの髪を、ぽんぽん、となでるように叩いた。
「結局、結婚しないですんだものだから、親の言うことを聞くのが当然だ、なんて言えない。だけど、その後、いろいろとひどいことになったもんだから、できるなら聞いておいたほうがいい、と言いたくなる。それだけなんだ。矛盾しているな、おれ。脅したようで悪かったな。今の話は忘れて、パトリー自身で決めたのなら、それに従うのが一番だ」
「あの……」
 パトリーは言葉をなぜか躊躇した。だが、オルテスはいつもの笑顔でその先を促す。
 そのときばさばさ、と、鳥が降りてきた。ルースだ。
「あれ? ルース? ずっと馬車の中にいたんじゃないの?」
 ハリヤ国の軍に馬車を止められ、パトリーたちが外に出たときから、ずっと馬車の中にいると思っていた。だが、今のこの鳥は、ずっと遠くから飛んできたようで。
 あれ、とパトリーは首を傾げる。
 思い返すと、馬車内の荷物を点検されたとき、そういえばいなかった。
 それだけでなく、馬が取られて、「中がすごいことになっている」とオルテスに言われて中を見たときも、確かいなかった。
「ルース。どこに行っていたの?」
「おれの用事を果たしてもらったのさ」
「用事? え、ルースって、手紙を運べる鳥だったの?」
 手紙などを運ぶのに、鳥は活躍してくれるが、それも鳥の種類があるのだ。まず、人間が指定した行き先まで到着できるのが最低条件。
「手紙も運べるが、ちょいと違う用事」
 ルースはパトリーの肩に留まる。
「あの傲慢なハリヤ国の軍人に、仕返しに行ってもらってたんだ」
「え?! 仕返し!?」
「馬に乗っているところに、こんなでかい鳥が急に旋回してうろついたら、馬は暴れるわ前はよく見えないわ、馬から落ちるのは確実だろう。そして、いろいろなところをつついてくれ、と頼んだ」
 キツツキじゃあるまいし、とパトリーは思わず吹き出した。
 まるで子どものイタズラのような話。だが本当だとしたら、確かに面白い。あの鼻高い軍人が、馬から落ちるというだけでも屈辱だろう。そして更に、呪われたかのようにそこらかしこを、くちばしでつつかれたら。
「え、本当にやったの? ルース」
 パトリーがにまにまと笑いながら問うと、ルースは高い声で鳴いた。
「うまく成功したみたいだな。成功の報酬として、パンをきちんと用意したぞ」
 オルテスは取り出したパンをちぎって、大きなフォームでぶん、と投げる。ルースはそれを追いかける。
 が、ない。困惑したようにルースはそこらをうろつく。
 不審に思ったパトリーがオルテスの手の中を見ると、まだパンが残っていた。
「オルテス! どれだけ子どもじみているのよ。ルースがかわいそうじゃないの」
「おもしろいじゃないか」
 くくく、とオルテスは笑っている。
 するとまるで人語を理解しているかのように、ルースは高速でオルテスの元に寄って、怒りの高速つつきをし始めた。
 ツトトトトトトトト、とつつきは凄まじい。腕、胸、顔、と、どこでもござれだ。
「イタっ、いたいっ、ちょっ、ルース、冗談だっ、冗談だっ! いたたッ、ほら、全部パンはやるって!」
 パトリーはというと、あまりのすばやいワザに感心のし通しだ。
 オルテスはパンをそのまま草原に放り投げた。すかさず、ルースはパンへ寄って、猛スピードで食べ始めた。
 突かれたところが赤くなってるオルテスは、いてて、といろいろな場所の被害状況を確認して、立ち上がりかけた。
 そこを、再びルースが襲った。
「おまえっ、パンもう食べたのか! 早すぎるぞ! パンやったんだから、もういいだろうが!」
 今度はオルテスがルースを捕まえようとするが、捕まらない。にもかかわらず、確実にオルテスにつつきをくらわしているのだ。
「……すごいわ、ルース」
 ぎゃあぎゃあと、子どものけんかのようなことをしている一人と一羽を見て、パトリーはふと考えた。
 仲が悪くはなくて、逆に兄弟のように仲がいいのではないか。けんかするほど仲がいい、というやつだ。そうやって笑う今があるからこそ、オルテスもひどいことがあっても、ひょうひょうとしていられるんじゃないかな、と。





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(2005.8.20)
(2006.11.4.改訂)



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