奪ふ男

ジョーカー 3−2 (4/4)
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 僕は待った。壁際にある椅子に背を預けながら、窓の外が次第に夕焼けのオレンジから暗い夜の闇に変化していくのを見ていた。
 どれだけ待っただろう。他の連中が出て行って、音は遠くにある時計からしか聞こえない。
 ぱたりぱたり、とスリッパで歩く静かな音が聞こえた。
 すっと、はじめに目が入ったのは、スカートから伸びた白い足だった。ハイソックスを履いていない。暗くなった屋内に、それはぼんやりと白く浮き上がって見える。
「あれ、智明?」
 首をかしげるルリは、おそらく体操服などが入っているだろうバッグを持ちながら近づいてくる。
 立ち上がると、ルリの湿っている髪が目に入った。一時期明るすぎるような色に染めていたけれど、今は落ち着いた色をしていた。
「どうしたの?」
「一緒に、帰りたいと思って。いい?」
 ルリは、うなずこうとしたに違いない。首が動きかけた。
 でも、止まった。
 そして周囲に目をやったのを、僕は見た。僕以外に誰一人いないことを、ルリは知ったのだろう。
 そして、言った。
「――どうして?」
 いつもより一オクターブ低い声だった。
 僕は悟った。
 それが、本心なのだと。
 周囲に人がいるなら、喜んで頷いたのだろう。だけど誰もいないから、ルリは本心をさらけ出した。
 どうして、一緒に帰らなければならないのだ、と。そうすることがさも、奇妙なことだとでもいうように。
 甘い願望は、鋭い氷の刃で打ち砕かれた。
 痛みは、あまりに激しくて、それを感じる心が麻痺しそうだった。
 ルリは僕の横をすり抜けて、出て行こうとした。
 そのルリの白い手を、僕はつかんだ。そしてそのまま近くにあった部屋へ連れて行く。
 途中で、離して、何なの、というルリの声がした。でも聞かずに手を離さなかった。
 ルリを押し入れ、部屋の扉を閉める。どうやら体育用具を置いておく部屋のようだった。
 押し入れられたルリはマットに向かって倒れて、非難の目を向けながら起き上がりかけている。
 起き上がる前に、脇に手を立て、足と足の間に僕の膝を割り入れた。
 ごく至近距離で向かい合う形となる。ルリの瞳がとまどいに揺れている。
 真実と表面のほほえみは違うのだ、ということがさっき、僕にはよくわかった。
 だけどもう、耐えられない。
 願望に逃げることも、希望を持つことも許されない。この状況に逃げ場はない。
 でも、受け入れられない。受け入れたくない。――気が狂いそうだ。
 僕は正直な気持ちを、ルリに告げた。
「もう、こんなの、我慢できない」
 暗い部屋の中で、ルリの濡れた瞳だけが、よく見えた。
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