奪ふ男

ジョーカー 3−2 (2/4)
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 僕はとにかく二度と同じようなまねはするな、と言いたかった。でも、以前西島に泣き真似をされたときのようなことになるのは嫌だった。だからやんわりと言ったんだけど、それが悪かったのか。
 藤城は、自分のしたことの何が悪いのかわからないようだった。
『どうして? 私は金原君のことを思って、谷岡さんに言っただけだよ?』
 それが余計なお世話だと気づかないらしい。
 最悪だったのは、それに続けて言ったことだ。
『悪意を持って何かをしたわけじゃないよ? 西島さんのように、金原君の気持ちを考えてないようなことはしてない』
『どういう意味よそれは』
 不機嫌な様子で当の本人が現れ、空気が凍る。
 そして、藤城と西島がにらみ合うようなことになったのだった。

「まあとにかく、もうぶつかり合うような感じじゃないんだな?」
 榊は話を聞いて、安堵の息をつく。
「教室で第2ラウンドされたらたまんないしな」
 それが心配なことだったらしい。
「二回目があるかは知らないさ。僕だって巻き込まれるのは勘弁だ。適当な嘘でも言ってその場を収めさせ、喧嘩に巻き込まれないようにしたかっただけだ。人間関係のトラブルって面倒で嫌だからね」
「引き起こしまくりのお前が、よくそんなこと言えるな。しかも適当な嘘って」
「僕はそういう些細なことに係わっている状態じゃないんだ。ああいう人間関係のトラブルに巻き込まれるのを防ぐためなら、真っ赤な嘘を言っても、どんなことをしても、最短で解決する方法をとるさ」
 そう。
 それどころではないんだ。
 今の僕には、藤城や西島と係わっている場合じゃない。
 僕が全力で取りかからなければならないもっと深い問題が横たわっている。
 はっと、顔を上げる。
 いつの間にかルリが教室に入っていて、僕に近づいてきていた。
 ルリが教室に入っていたことに気づかないなんて。僕は考えに囚われて周りを見ていなかった失態に唇をかむ。
 僕の席に近づくと、ルリはにこりと笑ってくれた。
「次の授業は英語だよね? 今日提出のプリントやってきた?」
 おまけに話しかけてくれる。――以前のように。
 でも、胸に甘いものはやって来ず、傷口をえぐられるように痛い。
「……ああ。そう言うってことはルリもやってるんだよね。見せあいっこしようよ」
「そうだね」
 僕たちは、以前の通りだった。
 無視されることなく、仲良く会話を交わす。
 僕が望んでいたこと。渇仰していたこと。
 だけど。
 だけど。
 プリントを持ってきて比べあうルリ。
 その笑顔は、本当の笑顔じゃないの?
 その親しげに話しかけてくるのは、全て演技なの?
 ルリの内面を探ろうと思っても、わからない。瞳の中に見えるかと思って見つめ続けても、
「なあに? 何かついてる?」
 と、これもまた笑顔で交わされる。
 無視されていたときよりも、ずっと苦しかった。
 一瞬の嬉しさはその一瞬後に地に落ちる。真実はどこにあるの? ルリの心からの笑顔は、どこにあるの?
 偽りの関係。偽りの笑顔。
 僕には自然な姿にしか見えない分、つらくてたまらなかった。
 ほしかったのは、偽りでもよかったのか? 形だけでよかったのか? 笑顔さえ見られればそれでよかったのか?
「あ、榊君も比べてみる?」
 ルリが近くにいた榊を見上げて誘った。ざわりとする。

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