奪ふ男

ジョーカー 3−2 (1/4)
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 ルリと再び話せるようになった次の日、僕は階段の踊り場で女同士の修羅場に見舞われていた。
 向かい合っているのは、西島と、藤城。
 今日僕が顔と名前を知った藤城という女は、鋭いまなざしでにらむ西島の剣幕にひるみつつ、納得できない様子で逃げずにその場に立っている。
「あんたどういうことよ。『西島さんみたいに、金原君の気持ちを考えないようなことはしてない』って」
「……そのままの意味ですけど」
 藤城は西島に刃向かった。
 僕は舌打ちしたくなった。長引かせる気か。いい加減にしてくれ。
「はあ? あんた喧嘩売ってる? 今までろくに何も行動してないクセに、人への批判だけは一人前ってわけ」
「西島さんのやり方がよくないってことは確かじゃない」
 二人ともヒートアップしてきている。
 それにつられて、人がちらちらと関心を持ち始めてきた。
 勝手にやってろ。
 ……そう思うけれども、もはや僕だけ知らないふりで逃げることはできない状態だった。二人の間にいるという立ち位置が最悪だ。
 これ以上人を寄せ集めたくない。
「西島さんも、藤城さんも、落ち着いて」
 苛立ちをこらえ、できるだけ優しげな声音を作る。
 ――二人とも僕のことを考えてくれたんだね、ありがとう、責めるようなことを言って悪かったよ――
 白々しい、思ってもない言葉を並べ立てる。
 僕が悪いのだと言うと、二人とも自分の醜態に気づいたのか、逆に相手に喧嘩をしかけたことを謝ってきた。どうせ形ばかりだろうが、これ以上巻き込まれないことにほっとする。
 ちょうど良く、チャイムが鳴る。うんざりしていた僕は、ここぞとばかりに二人を教室へ促した。
 ついでに念押しとばかりに、双方にお互いに聞こえないように、教室に戻る途中にフォローする適当な言葉を告げる。双方に、言ってくれて助かった、僕も同じ気持ちだ、と。双方に、相手に係わっても君にとってよくない、とも告げた。ほんの少しの本音を織り交ぜて。
 でも僕の本当の本音は、二人ともに係わってほしくない、ということ。
 僕だって現実はわかるから、それはなかなか難しいとわかっているけれど。
 
 
 次の時間の授業が終わると、榊が僕の机に近づいて、こっそりと訊く。
「……さっきの休み時間のアレ、何だよ」
 どうやら目にしていたらしい。ちらりと教室を見回す。前回の授業は選択科目のため、同じクラスでも西島も藤城も、それからルリもいない。前者二人はともかく、ルリがいないことでつまらない授業だった。
 そもそも何が原因か。
 先ほどの喧嘩のきっかけを思い出す。
 僕が藤城が誰かということを調べ、彼女に階段の踊り場で話をしたいと言ったことがはじまりだった。
 昨日までは名前も覚えていない存在だった藤城。
 ルリに余計なことを言って怒らせた、ということを知らなければ、それが僕のせいだという冤罪をかぶせられそうにならなければ、きっと知らないままだったろう。……と言っても、すぐにもう忘れるだろうけど。
 火の粉がかかりそうになったのだ。僕は藤城に一言いってやらなくちゃ気がすまなかった。
 人気のない場所に呼び出したら妙な誤解をされると思って、階段の踊り場で話をしようとしていたのだけど、話は思った方に進まなかった。

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