奪ふ男

ジョーカー 2−14 (4/4)
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 他の誰に言われてもいい。望む限りだ。
 でも、ルリにだけは言われたくなかった。
 聞きたくなかった。
 ああ違う違う。僕はルリの意図を理解していない。拒絶という解釈は、僕の思い違いだ。違う、絶対に違う。あり得ない。ルリは、きっと違う意味で、言ったんだ。拒絶だなんて、僕の存在の否定だなんて、あり得ない。あり得ない、あり得ない。
 ――もし。
 もし、そうだとしたら。
 ルリが、僕を拒絶し、僕のいない場所を希望し、僕のことをいなくなればいいと思っているとしたら。
 ――僕は。
 
「何だ、あいつ」
 むかつきを覚える声が耳に届き、我に返った。
 振り返ると、おもしろくなさそうに、ルリの去っていった方向を見ている陸奥がいる。
 改めて現実的に考え直すと、こいつが全ての元凶なんだ。ルリが付き合うことになったのも、ルリが金を取られ怪我をしたのも、僕がルリに拒絶に似た言葉を投げられたのも。
 陸奥は黒板に押しつけられて汚れた背中をはたき、チョークの粉を落としている。そんな油断しきった陸奥のネクタイをつかみ、僕は怒りを全てこいつに向けた。
「ルリから取った金を出せ」
「は、金って」
「しらばっくれるな。いくら貢がせた」
 ネクタイを強く引き、締め上げる。
 否定していた陸奥は次第に認め、金額を口にした。けれどその額は少なすぎると感じた。この程度だったら、必死にバイトをする必要はない。
 もっと締め上げると苦しさに耐えかねた陸奥が、弱々しい声で六桁の数字を答えた。僕の想像以上の額だった。おそらく、これまでのバイト代全てじゃないだろうか。ルリの必死で働いていた労苦の全てが、こいつのくだらないバンド活動に消えようとしていたのか。
 絞り上げて、全額出させた。ブランドものの財布には、その大金全てが入っていた。今日、バイト代が出たため、全額ルリから渡されたらしかった。後でルリに返そう。
 僕の中では、ルリの最後の低い声が澱となって残っている。
 誤解であればいい。でも少しでも拒絶の気持ちがあるのなら、その気持ちを何としても解かしたい。それへのほんの少しでも助けになれば、と思いながら、紙幣を大切に仕舞った。できる限りのことはしたい。
 僕がネクタイを離した陸奥は、赤い顔で、床に這うようにして喉元を押さえ、咳き込み続けている。締め上げすぎたせいかもしれない。そうでもしなければ、正直に答えなかっただろう。後悔は一片もない。
 こいつは、もうどうでもいい。こいつを視界に入れるのをやめ、廊下へ視線を向ける。もちろん怒りの炎は消えない。こいつと同じ空気を吸うことすら嫌なのだ。
 僕が唯一気になるのが、立ち去ったルリのことだ。
 咳き込み続ける陸奥を置いて、廊下に出た。
 その瞬間、どこへ向かったかは考えたり探したりしなくても済んだ。
 廊下には、血痕がてんてんと、続いている。
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