奪ふ男

ジョーカー 2−12 (3/4)
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 ルリは優しすぎる人だから、たとえ死ぬほど別れたいと思っていた人であっても、別れを切り出されるということ自体がきつかったのかもしれない。断じて、陸奥と別れたことがショックというわけはない。別れそのものに耐えられなかったのだろう。
 その弱さがいとおしくなって、僕はルリの髪を撫でて整えた。寝ていたせいでちょっと乱れていたからだ。そんな髪の状態であったことにルリは赤面して、さっと自分で寝癖を整え始めた。
「時間をつぶしたいならさ、僕と一緒に遊んだりする選択肢もあるよ?」
 ルリはちょっと困ったような顔をした。
「ううん。バイトがあるから、遊べない。……年が明けたらね、時間とれると思う。そのときになれば、きっとどうにかなるから。年が明けて時間が空いたら、遊べるかも」
「クリスマスとか、大晦日、正月とかは?」
 昨年は断絶の期間だったので一緒に過ごせなかったけど、今年は?
 ルリは心底申し訳なさそうに首を振った。
「ごめんなさい。クリスマスイブは終業式が終わってからすぐシフトを入れたし、年末年始も朝から晩までバイトなんだ」
 すっごく、がっかりした。でもそれを表に出すのはこらえて、悲しそうな顔をしてみた。
「本当に残念だよ。でも、年が明けたら時間ができるんだね?」
 そうしたら心の中からすっかりと、別れの悲しさが消えるというんだね? 陸奥なんてどうでもよくなるんだね?
 僕は慰めたいと思っていたけれど、ルリは忘却の道を選ぶというんだね。
 でもその方がいいのかもしれない。悲しみを癒そうと思っても、それはルリと陸奥との関係を意識させられる。その悲しみ自体が、僕にとって痛みを伴うものだろう。
 それなら、身体を酷使して忘却しようというルリの選択の方が、良いのかもしれない。
 ルリはこっくりとうなずく。その表情が幾分か緊張していたのが、不思議だった。
「年が明けたら、大丈夫」
「そう。くれぐれも身体には気をつけてね」
 年が明ければ、終わるのだ。
 陸奥とのことをフェードアウトさせよう。明確な離別は問題を生むかもしれない。あくまでゆっくりと、自然消滅させよう。
 僕もルリも陸奥のことを忘れる。
 そして、年が明ければ、ルリと僕は元通りになるのだ……。
 
   *   *
 
 終業式は、全校生徒を集めて講堂で行われる。全校生徒を収容できる広さはあるものの、出入り口の数は限られている。
 だから『何年何組、講堂へ進んでください』と、自分の組が呼ばれるアナウンスが流れなければ、廊下で並ばされ待たされることになる。
 廊下での整列はもはや整っているものではなかった。三年から先に入っていくもので、一年は大分待たされる。列はぐちゃぐちゃに乱れ、各自移動して、おしゃべりをしている。
 西島や他の人たちに適当に相手をしながら、退屈だな、と思っていた。
 ようやく僕たちのクラスが呼ばれ、教室前から講堂へ歩き始めた。
 渡り廊下を進んで、もう少しで講堂、というところで肩を強く掴まれた。思わず立ち止まる。
「おい、谷岡さんが付き合っているのは、確か、陸奥秀次だよな? 二年五組の。一年先輩の」
 後ろから肩を掴み、切迫した声で問いただしてきたのは、榊だった。
 いつもは眠そうで緊張感のない目が、見開かれている。答えを求めるためか、榊は肩を掴む力を強くした。
 ……ルリはもう陸奥とは付き合っていない。クラスだって知らない。榊は何を知りたい? 知ってどうする?

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