奪ふ男

ジョーカー 2−12 (2/4)
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 でも、単純で扱いやすいと考えるのは危険だろう。
 先ほど、最初に『付き合っている人がいますよね』と尋ねたとき、陸奥の反応は、嘘をつくのを慣れている人間の反応だった。
 もし僕がルリのことを知らなければ、うっかり信じてしまうかもしれないほどに、巧妙だった。
 それに……。
 こいつと会ってから胸の内で感じている危険信号。
 理由がわからないものの、近寄ってはいけないと何かが訴えている。
 しかし、ルリと別れさせるため、その警告を無視をしなければならない。完璧に計画を達成したとき、そのとき即座に離れよう。
 計画のことを思うと、陸奥にもう一つ言っておかなければならないことがあったことを思い出した。
「先輩、それと、僕のことは誰にも言わないでください。絶対に」
「ああ」
「誰にも、ですからね。頼みます」
 念押しのため、僕は陸奥の背に手を伸ばした。
 とにかく、ルリに知られてはいけない。
 前回の失敗を反省したところ、結局、僕が、付き合っている、なんてルリに言ってしまったことが最大の敗因だとわかった。
 感情に溺れなければよかった。言わなければ良かった。
 あのときのように、無視され続けるのだけは避けたい。
 ルリと陸奥が別れる。そして僕が工作したことを知らないルリを慰める。僕が何をしたか知らなければ、僕とルリとの関係が壊れるはずがない。いや、今まで以上に良くなるはずだ。これで完璧だ。
 そのためには、この男の口止めは必要不可欠。前回のようにすっぱりと離れたせいで、口をすべらされ、付き合っていると多くの人に誤解され、ルリにまで誤解されるわけにはいかない。だから、渋々ながら、ルリたちが別れた後でも、陸奥とはしばらく会わなければならないだろう。憂鬱なことだが、ルリのためだ。
 僕はルリとのこれからのことを考えるばかりで、興味もない満員のライブの中身なんて全然覚えていなかった。

   *   *

 休み時間にルリのいる教室へ向かってみると、そこには机に突っ伏したルリがいた。
 僕が近づくと気づいたのか、ルリは顔を上げる。目をこすりながら。
「眠そうだね、ルリ」
「あ、智明。うん、バイトが忙しくて」
「人手が足りないの?」
「そうじゃなくて、シフトを目一杯入れただけだから」
 ルリは眠い目をこすっている。この分だと、授業もちゃんと聞いていたか危うい。
 ――陸奥からは、すでに、別れた、と聞いていた。
「どうしてそんなにバイトするんだ?」
 ルリはまごついて、机に視線を下ろす。
「ああ、うん。その、いろいろあってね」
 いろいろね。
「しばらくは――今年中は、目一杯、働いて働いて働くつもり」
「身体壊しそうだよ」
 学校で寝るくらいというのは、かなりなものだろう。もう十二月だから、今年中と言ってもせいぜい一ヶ月程度のこととはいえ。無理しすぎているように思えた。
「大丈夫、大丈夫」
 ルリは軽く笑う。薄い化粧の下で、ルリの目にクマができているのが見えた。
 明確な理由は教えてくれず、僕は推測するしかない。
 無理を、したいのかな?
 別れたことを忘れたくて、わざと考える時間もないほど働いて時間を埋めたいのかもしれない。

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