奪ふ男

ジョーカー 2−12 (1/4)
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 しんと静まり返ったライブハウスだった。地下にあるため窓は存在しない空間。防音もしっかりしているらしく、外の音は届かない。
 上に吊るされたライトは誰も照らすことはない。
 しかしライトや音響設備は確かな意思をもって、ドラムやキーボードが置かれ中央にマイクが立たされているステージへと向けられていた。
 僕は腕時計で時間を確認する。このライブハウスの外側の壁に貼られていたポスターに書いてあった「DANTE」のライブの時間にはやっぱり早い。
「いいライブ会場だろう? それなりに広くて安いし、音響もいい」
 後ろから近づいてきていたのには気づいていた。僕は間を取りながら、ゆっくりと振り返る。
 僕の姿を正面から見た陸奥は少し首を傾け、長い茶髪を揺らした。
「そのジャケット脱いだ方がいい」
 どこかおかしい服装だろうか。黒地のシャツにレザージャケットを重ね、ジーンズを穿いている。それにシルバーアクセサリを身につけ、普段よりカジュアルさを出していた。
「客で満員になったら暑くなるからさ」
 陸奥が口の端をつり上げ自信ありげに笑うのと対照的に、僕は眉をひそめかけた。
 ルリによると、スランプで客も入らず困っている、との話だったけど。嘘? それともスランプを脱出したのか?
 考えかけて、しかし僕は思考を切り替えた。まあいい。そんなことどうでもいい。
 こうやって招待されたものの、いまだに僕はこいつの歌の良さなどわかりはしない。わかりたくもない。それを表に出すつもりはない分別はある。
 聞きたくもないのに、うまく言い抜けることもせず、言うがままにこのライブハウスへやって来たのは、話があったからだ。学校ではまずい。ルリに見られ、話を聞かれる可能性がある。
「先輩、付き合っている人がいますよね?」
「何のことだ?」
 陸奥の言葉にも、振り向いた表情にも、何一つ動揺は見られなかった。
 僕の中で警戒音が鳴り響く。それに気をつけながら、話を核心まで迫らせた。
「谷岡瑠璃子、知ってるでしょ?」
 そう言って初めて、陸奥は大きく息を吐いて天井を見上げた。
「……まいったな。何か言われたか? まさか噂になってるとか?」
 僕はそれに答えない。
「付き合っていますよね」
 僕の断定に観念したのか、陸奥は肩をすくめた。
「まあな」
 ここからが本題だ。
「先輩、別れていただけますね?」
 ピリ、とこの場に少量の電流が走ったような気がした。
 しかしそんな空気はすぐに消える。
 陸奥は壁に手をついて、身体を傾かせて立っている。僕はじっと見ながら待った。目はそらさない。望む言葉を引き出させるまで、睨み続けてやる。
 何かを考えていた陸奥は、降参と言わんばかりに両手を軽く挙げる。
「わかった。わかったよ。今度会ったときに、ちゃんと言う。別れよう、って」
 やっと。
 やっとこの言葉を引き出せた。やっと、ルリは別れる。やっと、やっと。
 長かったように思えた。一段一段積み上げて、ようやく目的の地へと到達したのだ。
「お前の目って迫力あるよな。マジで舞台映えする顔だし、お前も音楽やってみないか?」
「残念ですけど、僕は聞く方が好きなんです」
 それに付け足す。
「先輩の歌を」
 僕の答えを陸奥はお気に召したようだ。「今日のライブで本気の俺の歌を見せてやるよ」なんて意気が高揚したらしい。
 やはりこいつの中心は音楽のようだ。

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