奪ふ男

ジョーカー 2−10 (3/3)
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 母さんはそんな独り言を軽く呟く。再び階段を踏む音がした。その音は遠ざかり、僕はようやくほっとした。
 ふと、身近でもごもごと音がする。ルリだ。押さえられた口の下で何かを言いながら、僕を睨み上げている。
 ああごめん。苦しかった?
 僕は手をゆるめた。ルリは今度は叫ぶことはなかった。
 その代わりにルリは僕を上から下まで見る。まるで何かを探るように。
 どうしたの? と口に出して問うわけにもいかず、首を傾げた。
 するとルリはおもむろに、僕に抱きついてきたのだった。
 それは衝撃だった。
 物理的な衝撃だけではない。ルリが僕を抱きしめてきたということに、心が強く揺さぶられた。身体だけではなく、心をそのまま直接抱きしめられたような感覚におちいっていた。
 ルリ。僕から逃げたいなんて考えは捨ててくれたの。
 そうなんだね。
 やっと受け入れてくれたんだね。
 歓喜の波が押し寄せる。
 彼女は身体を僕へ寄せてきて、両手を脇腹のあたりに伸ばした。少しくすぐったくて声を出さないように笑った。余裕があったのはそれまでだった。
 そのルリの両手は下へと動いた。下へ下へと這うように動き、僕の両脚のつけねへと沿わせた。そのあたりを指がうごめいているのを感じると、笑う余裕などどこにもなくなった。
 ルリの両手は、パッと僕の背中へ回され、また下へ下へと這う。
 僕は同じようにルリの背中に手を回し、吐息をもらした。そのとき、僕はルリの意図にようやく気づいた。
 ルリは後ろポケットに手を差し入れていた。
 ――南京錠の鍵を入れていたポケットに。
 このために抱きついて、探っていたんだ、ルリは!
 僕がルリの手を掴むより、ルリが鍵を掴んで逃げる方が早かった。
 ルリは僕からすぐさま身体を離し、鍵を掴んだ手を振る。きらめいた鍵を掴んでいるルリの腕を取ろうとしたが、ルリは素早かった。
 彼女はすぐさま南京錠へと鍵を差し入れ、ひねる。
 僕はようやくルリの両手を掴み、捕らえた。しかし両手を使えなくても、ルリは、脚で扉を蹴り上げた。水泳部で鍛えられた脚力。扉は開いてしまった。それは勢いよく、ジャラ、という音をさせて鎖が舞いながら。
 固く閉じられたはずの部屋は、あかるい廊下へと開かれてしまった。
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