奪ふ男

ジョーカー 2−8 (2/5)
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 堅実なルリがこいつと付き合うだなんて、おかしくなっていたとしか考えられない。どれだけ音楽に共感していたって。もうそれは共感レベルじゃなくて、入信でもしていたんじゃないかと疑いたくなる。
 ……けれど。
 ルリは、別れる、って言った。
 それならば、陸奥の上手い口車に乗せられたのだと、騙されたのだと、片付けようじゃないか。寛大な気持ちで。
 ルリが別れると言ってから、三日が経った。そろそろ別れただろうか。
 別れたなら、僕に教えてくれてもよさそうなものだ。直接会って別れを切り出すと言っていたから、都合が合わなくてまだだろうか。
 そわそわと落ち着かない気持ちだ。早く早くと焦り、その日を待ち望む期待。
 まだだろうか。一週間も経てば、さすがに別れているだろうか……。

 
 しかし、ルリが、別れる、と宣言してから一週間が経ったが、本当に別れたとのルリの話は聞けなかった。
 何度かその話をさりげなく振ってみたが、ルリはその話題を避ける。話題を変える。答えない。黙る。
 おかしい、と思うのに十分だ。何かあったのだろうか。そもそも、ちゃんと別れを切り出したのだろうか。
 それでもルリ自身から話が聞けない。
 ルリの友人のお団子頭から話を聞くが、彼女も知らないという。
 その話を、間接的に聞けたのは、体育の時間を前にした休み時間だった。
 ルリの三組と、僕の四組は体育は合同だ。ただしもちろんのこと、男女別。
 僕と榊が着替え、体育館へ向かうべく下駄箱で靴を履き替えていたとき、その下駄箱の向こうからルリの声がした。
「……もうどうしたらいいのかわからない」
 僕は靴を履き替える手を止めた。ルリの声にはせっぱ詰まったものが籠められていた。
「何が?」
 促す別の女の声。これは……お団子頭ではない方、眼鏡の方の、ルリの友人だ。
「陸奥先輩と、別れられない」
 大きく息を呑み込み、僕は上靴を取り落としそうになった。
 別れ、られない?
 嘘だろ? 別れるって言ったじゃないか!
 今更それはないじゃないか。今更、奴の良いところがわかっただとか、恋愛感情を持つようになっただとか、執着し始めたとでもいうのか。
 別れるって言ったくせに! 嘘つき!
 僕が下駄箱の周囲をぐるりと回り、ルリの見える前に出ようとしたところ、後ろから――榊から手を引かれた。榊は首を横に振る。
 掴む腕など知ったことかと強引に出ようとしたら、会話が続いた。
「どうして別れられないの?」
 抑揚のない声で眼鏡の女が問いかける。
「別れたいって言っても、陸奥先輩が、別れない、って……」
「無視すれば?」
「そうもいかない。今も先輩は頻繁にバイト先に来てる」
「…………」
「どうしたらいいかわからない。そもそも、別れるって言って、ダメなんて言われて引き止められるなんて考えてもみなかった。遊び慣れてそうだから、すぐに、いいよ別れよっか、って言われるかと思ってたから……」
「付き合ってどれくらい?」
「一週間だよ」
「……私はその先輩のことを知らないけど、もしかしたら、その先輩は瑠璃子のことを前々から好きだったのかもね」
「えっ!?」
 ルリの驚きが短い言葉に表れた。
「ずっと好きで、それでやっと付き合えたと思ったら、すぐに断わられて、ショックだったのかもね」
「……そんな純情っぽい先輩ではないと思う……けど、もしそうだったら、先輩のことを傷つけたの……かな」

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