奪ふ男

ジョーカー 2−5 (2/4)
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 万が一ということがある。そうであるなら、見逃すわけにはいかない。大体こんなに干渉してくるのも、僕をルリから遠ざけようとでも考えているんじゃないか?
「好き……って、別に……気になるだけだし……」
 気になる、という言葉に僕はぴくりと反応した。榊は焼きそばパンにかじりつき、
「今のところ、ちょっと気になるだけっていうか……。好き、まではいかない、な」
 とゆっくりと考えながら答えた。もしゃもしゃ食べるさまは呑気で、パンダのようだと何となく思った。
 好き。
 そこまでいってもらっては困るのだ。
「好きになるなよ」
 釘を刺した僕に、榊は奇妙な顔をした。理解しがたいというか、いぶかしげというか。
 しばらくしてからポン、と手を叩く。
「あ、そういやお前、谷岡さんのこと好きなんだっけ。ほんと理解できねえよ。好きならなんで嫌がらせを……」
 理解できない人間にわざわざ説明する気にはなれない。
「ほんと、そんな嫌がらせをしてる場合じゃないと思うぞ、俺は」
「えっ?」
「俺が思うに、谷岡さんには他に好きな男がいるんじゃないかな」
 世界が止まった。
 そう感じたのは、人生で二度目のことだった。

 ルリに。他に、好きな、男?
 ばかな。
 ばかなばかな。
 僕の背筋に何かが這い回ったような、気持ち悪さ。ひどい悪寒だった。ぐにゃりと今見ている光景全てが歪んで見えて、箸を落とした。
「なんでだ。どうして」
 声が思わず漏れた。
「なんでって、勘だけど」
 榊はなんてことなさそうに新たなパンの袋を開ける。
 なあんだ、と笑って冗談を許すほど、僕は寛大でいれなかった。
「勘!? ふざけるなよ」
「ふざけてねえよ。確たる証拠がないから、勘、って言ってるだけで。でもそんな雰囲気するって」
「あたしもそう思うな」
 今まで黙っていた西島が口を出した。ここまでずっと黙られていた、というのも今考えれば不気味だ。何を考えていたものか。
「男次第で女は変わる、って言うでしょ。あんなに変わったのって、他の男の人の影があると思うよ。きっとラブラブなんじゃないかな」
「付き合ってるかどうかまではわかんないでしょう。片思いの可能性だってありますよ」
 榊はそう反論する。ふと気になった。なんで榊は西島に敬語らしきものを使っているのだろう。女子には丁寧語を使ってしまうタイプか? でもルリとは普通に話していたような……。やはり僕をごまかして、榊はルリのことが好きとか?
 僕の些細な疑問とは関係なく、西島は強く自弁を奮う。
「えー、絶対付き合ってるって。絶対絶対。もう誰もどうにもできないくらいラブラブなんだよ」
 西島はちらりと僕を見た。僕の胸に、言葉一つひとつの棘が刺さる。
「相手は多分、明るくてはっちゃけてる感じの人なんだろうな〜」
「……なんで、そんなことが言えるの」
 棘の痛みに耐えながら、振り絞る。
「谷岡さんの変化を見てればわかるよ」
「まあ確実に言えるのは、お前じゃない、ってことだな」
 榊が僕にとどめを刺す。
 またか。
 鈴山のことが終わり、もうあんな悪夢はないかと思ったら、また。
「それ、誰」
 喉の奥から低い声が出た。
「誰って、谷岡さんの相手? 水泳部の奴らではなさそうだけど、俺は知らねえよ」
「あたしも知らない」
 誰だ。

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