奪ふ男

ジョーカー 2−4 (4/4)
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 ちなみに駅には北口と西口の二つの出口がある。西口は寂れた公園と川が前にある、人通りの少なく寂しい出口。一方僕のいる北口は車道が片側三車線あるような、車通りも人通りも多い出口だ。あまりに車通りが頻繁で、車線も多いから、バス停の向かいにあるギターの形をした看板の楽器屋も、ろくに見えないくらいだ。
 駅自体はビルと一体化しており、八階建てのビルには化粧品から電気製品から食べ物からを扱う、さまざまな店が詰まっている。そのビル目当てにも、北口付近には人がよく通っていた。
 入道雲が積み重なっているものの、太陽を隠してはくれない。ベンチに座って待つものの、蝉の鳴き声がうるさくて不快に耳に残る。
 バスはまだ来ないかと近くの大きな交差点を見ていると、会いたくもない、名前も忘れたいくらいの奴が信号を渡っていた。思わず舌打ちし、視線を向けるのをやめる。
 しかし、えてしてそういう場合というものは、相手の方が僕に気づいてしまう。
 そう、奴は僕に気づき、わざわざバス停前までやって来たのだった。
「よ、よお、金原」
「…………」
 奴は大柄だから、僕は影に隠れた。そのため少しだけ涼しくなったような気がしたが、まったく嬉しくない。暑くてもいいから、さっさと消えてほしい。
 地元というのはこういうところが嫌だ。同じ中学だった奴も近くに住んでいるから、何かと顔を合わせてしまう。
 鈴山と顔を合わせるなんて、最悪だ。
 僕はそれらの気持ちを何かで包むことなく、鋭いままで吐き出した。
「どこか行ってくれないかな」
「な、なんだよそれ」
「見たくもないんだ」
「何かしたかよ」
 何かした?
 しただろう。ルリと付き合った。それで十分だ。
 あのときのことを思い出すだけで、はらわたが煮えくりかえる。掴みかからず、こうしてただ座っているだけの自分を褒めたいくらいだ。
「消えろ、って言ってるんだ」
 強く噛みしめる歯を離し、重く告げ、睨み上げる。
「な、なんだよ……」
 ごにょごにょとまだ鈴山は言っている。
 僕は鈴山から顔を背け、車道を見る。バスはまだか。
 すると、一瞬、視線を感じた。
 ルリからの視線。彼女からのものだと直感した。
 はっとして立ち上がり、思わず周囲を見回す。
 ルリが近くにいる?
 並ぶバス停にはバスは一台もつけられていない。巨大な交差点では、歩行者がそれぞれ向かう方向に歩いている。駅の出口には人が出入りしている。
 それぞれに目を向けるが、ルリの姿は見あたらない。
「どうしたんだよ」
 まだそこにいた鈴山がが不思議そうに問う。
 僕はそれに答えず、再び座り直し、車道に目を向ける。
 ……気のせい、だったようだ。確かに、ルリの視線をどこからか感じた気がしたのだけど。
 今日は朝から暑いから、どこかぼんやりとしてしまったのかもしれない。街路樹にいる蝉はうるさく、陽射しはきつい。アスファルトには蜃気楼が浮かんでいる。そんな、暑い暑い、プール日和だった。

 その日の夜、手作りのエビチリや麻婆豆腐などの中華料理を持ってきてくれたルリに、
「今日の朝、駅前にいた?」
 と訊くと、
「いないよ。朝からバイトだったんだから」
 と普通に答えられた。その返事に、僕は気のせいだったと片付けた。

 本当はそこにいたと知るのは、それが波紋を呼んでいたと知るのは、後のことだった。
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