奪ふ男

ジョーカー 2−2 (3/3)
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 けど、何だ。僕は榊の目をまっすぐ射る。先に逸らしたのは、榊の方だった。彼は疲れたようにため息を吐く。その顔の通り、覇気のない奴らしい。
「もういいや面倒くせえ。確かに関係ないしな」
 そのまま榊は僕たちに背を向け、土産物屋の人混みにまぎれていったのだった。

 ああ、やっとどっかに行ったか。僕は気を取り直してルリに向き直った。
「さ、土産物を見て回ろう」
「……榊君……私のために言ってくれていた、よね」
 ルリは榊の去っていった方を目で追う。
「ルリ。気にしなくていいんだよ、どうせ他人事だと思って適当なこと言ってただけなんだから」
「でも、悪い人じゃない。むしろ正しいことを言ってた気が、する。確かに、友達を作るには、努力が必要だよね」
「そんな努力は必要ないよ」
「でも」
「ルリ。ちょっと知り合ってろくに知らない奴と、十五年間一緒にいる僕の言葉と、どっちを信用するの」
 僕は少し勇気を出して、そう問いかけた。ルリの答えに恐怖を抱きながら、それでもゆっくりと言い、余裕を見せて。
 ルリは詰まり、沈黙した。その反応に、僕は内心、大きく安堵する。
 けど、黙られるだけではだめだ。もっともっとと求めてしまう。僕は更に勇気を奮う。
「僕は別にいいけどね。榊の言うとおりにするなり何なり、したいようにすれば?」
 僕はルリから顔を逸らし、興味を失ったようにキーホルダーの陳列棚に目を向ける。
「……いじわるなこと、言わないでよ」
 服がちょっと引っ張られた。肩越しに見てみると、ルリが小さな手で僕の制服の裾を掴んでいるのだった。泣く寸前のように、声は本当に弱々しい。
「智明を選ぶに決まってるじゃない」
 勝った。
 そう思った。
 ルリの揺れる目は僕を見ている。
 その弱々しさに胸の奥に熱いものが募る。
 ルリはただ僕を見ている。ただ掴んだ裾を離さない。
 頼るべきものは他にない、このひ弱な表情がなんて素晴らしいものだろうか。笑顔もかわいいけれど、この哀しみと追い詰められてどうしようもないものが混ぜられたこの表情、僕の裾をつかんでいる小さな手、指先、全てに恍惚と見蕩れてしまう。
 榊に僕が負けるわけがないと思ったからこそこう言って、わざと引いてみたけれど、成功して思った以上に僕は満足感を得られた。
「ふふ、ごめんね。冷たくしちゃって」
 僕は満面の笑みをルリに見せ、優しくルリの黒い髪を撫でる。
「安心して。僕はルリの側にいて、寂しくなんかさせないから。だから他に友達を作るとか考えなくていいんだよ」
 努力も何も要求しない甘い言葉に、ルリがほっとしたのを、僕は確かに見た。そして強く握っていた僕の服の裾を、ようやくルリは離した。
 籠の中に小鳥を飼っているような気分――とでも言えばいいだろうか。
 僕の手で食餌をやり、全ての世話をし、大切にかわいがり、全てに楽しむ。籠の外に出すなんてとんでもない。他のものを見せるなんてとんでもない。せっかく閉じこめたというのに。
 そんなことを思いながら、僕は口の中で笑いをかみ殺した。
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