奪ふ男

ジョーカー 1−7 (2/5)
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 西島の笑い声に、嫌悪感がこみあげる。
「一人で合格したって意味がない、僕はルリと一緒に合格したいんだ。喜べないね」
 腕に絡んでいた西島の手が、するりとほどけた。驚いているその目は、観察するように僕を捉える。いつものあかるく軽い様子からは想像できないような聡明さを秘めた瞳だった。
「まさかまだ……そう、だったんだ、鈴山とのあれはそういうこと……」
 西島は自身の下唇に指を這わせながら、独りごちる。
 そのとき、静かに再び扉が開いた。
「……受験票を、忘れてて……」
 何やら西島から視線を逸らすようにうつむいて、遠慮がちに元の自分の席に戻ろうとするルリ。もしかしたら、さっきの話を聞かれてたのだろうか。
 僕の方が机に近かったものだから、先に僕がそれを取り、差し出す。
「保健室だったら、ここより暖かいだろうから、リラックスして受験できるんじゃない?」
 受験票を手渡す時、手を握りしめた。
「がんばろうね」
 ルリはうつむいていた。
「ありがとう……」
 僕の耳に、ルリの小さな声が届いた。そして彼女はふらふらとした足取りで、再び教室を出た。


 慣れない学校の保健室にたどりつき、軽く叩いてから、静かに扉を開けた。
 窓からは西日がやわらかくそそぎこんでいる。すでに国語・数学・理科・社会・英語五教科全ての試験を終え、夕方にさしかかっていた。
 昼休みに一度この保健室を訪れたものの、そのときのルリは何も食べずにただベッドで眠っていた。
 風邪を引いて、熱があるらしい。
 全ての試験が終わった後に訪れた今、ルリは確実に風邪を悪化させていた。瞳は潤み、咳がある。やってきた僕をゆっくりと見たものの、視点は焦点が合っていないようで、ぼんやりしている。僕を認識できているのか疑わしい。
「帰り……ます」
 ルリはかすれた声で、保健室のおばさんに告げた。
「保護者の方をお呼びした方がいいと思うけど」
「いいです……早く、家に帰りたいので……」
「そう? 大丈夫……?」
「僕がついていきますよ」
 僕が口を挟むと、おばさんは少し考えながら、うなずいた。
「じゃあ、ちゃんと見てあげてね」
 ルリはぼんやりとしたまま、荷物を持とうとする。
「僕が持つよ」
 そうして取り上げると、ようやくルリは僕の顔をしっかりと見た。こわばった顔でも、拒絶の表情もない。ただただ風邪がつらそうな顔。こくりと力なくうなずくと、
「お願い」
 と言った。

 この高校と僕たちの家までは、徒歩で通える距離だ。事実、僕は今日、歩いてきた。
 でもこの状態のルリを歩かせるのは忍びない。僕たちはバスに乗って帰ることにした。バスは学校の近くに乗り場があり、僕たちの家の近くで下車できる。ただし、遠回りするので徒歩で行くのと同じくらいの時間がかかる。それでも、座っていれる方がルリにとってはいいだろう。
 バスには人が少なく、座席も空いていた。
 一番後ろの端の席に、僕たちは座った。窓側がルリで。静かにバスは走り始めた。
 暖房の効いた車内で座ったことによって、ルリはうつらうつらと目をつぶり始める。
 窓に倒れ込もうとしたルリの身体を、僕は自分の方へ引き寄せた。
「な、に……」
「冷たい窓ガラスより、こっちの方が温かいだろ?」
 事実、雪が打つ窓はとても冷たそうだ。

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