奪ふ男

ジョーカー 1−6 (3/4)
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 同じように適当に返しておいた。やる気がないように見えたかもしれない。実際、絶対に合格してやると思っているけれど、その内面を知らせることに意味があるとは思わなかった。僕にやる気があろうとなかろうと、父さんも母さんもどうでもいいと思っているだろうし。
 父さんも母さんも、子どもの教育に関して、自由主義を標榜している。子どもの自主性を重んじる、といえば聞こえはいいが、簡単にいえば放任してるだけのこと。
 受験する高校を決めるとき、親と相談したことはない。
 相談し、一緒に悩んだのは、ルリとだった。あれは夏休み前ぐらいだっただろうか。偏差値のランクや、制服や、場所や、いろんなデータを付き合わせて、あっちがいい、こっちがいい、と話していたのだった。
 明日僕が受験する高校は、徒歩で通える距離の、そこそこのレベルの偏差値の、制服も悪くない高校。
『絶対一緒の高校行こうね!』
 決めたとき、ルリと僕は誓い合ったのだ。いや、そもそも一緒の高校を受験することは最初から決まっていた。条件の良い男子校、女子校はあったものの、受験する高校を決める上で、選択肢に含まれていなかった。それは、最初から一緒の高校を受験し、一緒の高校に行こうと思っていたから。
 そうだ。ルリは僕と同じようにそう思ってくれていたはずなのだ。違う高校を受験するなんて、少しも選択の余地にはなかったくらいなんだから。少なくとも、そのときは。
 何がこんな状況にさせてしまったのだろう。何が悪かったのだろう。
「ともかくがんばりなさいね」
 適当な母さんの言葉。うなずいておいた。
 とにかく、今考えるべきは明日の受験。明日の試験に合格しなければ、ルリとの高校生活は訪れないのだから。それがたったひとつの道だ。
 僕は握る箸に力を入れながら、カツを食べた。


 受験当日。
 雪の降る寒い日のことだった。制服の上に黒いロングコートを着、マフラーをかけてきた。それでも猶、寒い。同じ受験生が、みな白い息を吐いて、高校校舎に呑み込まれていく。
 受験票と地図を照らし合わせながら教室に入る。机には受験番号が振られていていて、席が決まっている。受験番号は出願順に割り振られていたようで、一緒に出願した同じ中学の生徒は固まっていた。
「あ、智明君。おはよう! がんばろうね!」
 西島がにこにこと近づく。
「あっ、試験直前まで勉強したいよね。邪魔しちゃいけないね」
 西島は自分の席に帰って行った。
 他にも数人、同じ中学の同級生がいる。
 廊下側の一番後ろの席が、僕の受験番号と同じ番号が張られた席だった。
 暖房から暖かい空気が流れるのは窓側らしく、廊下側はひどく寒い。
 筆記用具と参考書を取り出す。参考書を開いて、最後の最後まで暗記しようと視線を走らせる。
 目は参考書に向けながら、左手をポケットに入れ、入れていたカイロを握った。
 ルリがやって来たのは、そのときだった。胸が高鳴りながら、一挙一動を目で追ってしまう。湧き起こる妙な興奮を抑えながら、ただ見ていた。
 ルリは制服に上着を一枚羽織っただけ、マフラーも手袋もない格好。顔だけでなく耳まで赤くなっていて、あきらかに寒そうだった。片手に単語カードを、もう一つの手に受験票を持ち、近づいてくる。
 ルリの席は、僕の前の席だった。
 一度、目が合う。
 そこにどんな感情があるのか確かめる前に、ルリはふい、と視線をそらして、席についた。

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