奪ふ男

ジョーカー 1−4 (2/4)
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 最近は食事も喉に通らなくなってきた。ほとんどひとりで食べる朝食・夕食なら構わないが、学校の昼食時に何も食べないでいるとむやみやたらに心配されて、下手をすると保健室まで運ばれる。それが嫌だから、昼休み、教室を出た。
 生徒の約半分は教室で食べるが、別の場所で食べる生徒も多い。食堂はないが、ベンチや、階段や、屋上で食事を取っているようだ。
「うっそマジ!?」
 一際大きな男子の声が聞こえた。
「ほんと、マジマジ」
 その声に、通り過ぎようとした足が止まった。聞き間違うはずがない。鈴山の声だった。ルリと笑い合っている姿を、何度見たことか。
 屋上への昇り階段で、二人の男子がパンを食べている。ちなみに校舎はふたつあり、南校舎は屋上が開放されているが、こちらの東校舎は屋上はいつでも固く閉ざされている。その閉じた扉の前で、筋肉質で大柄な鈴山と、茶髪の見知らぬ男子が昼食を取っている。……そこにルリがいなくて、ほっとした。
 僕は階段の側で、その二人の会話に聞き耳を立てた。
「えーっ、彼女できたって……谷岡……二組の?」
「そうそう。谷岡瑠璃子」
 茶髪の男子は驚倒して、パンを食べる手が止まっている。
「うそだろお! 俺の方がぜってえお前より早く彼女できると思ったのにー! この裏切り者っ!」
「なーにが裏切り者だ。『どっちが先に彼女できても、恨みっこなし』って言ったのはお前じゃん。どうせ、お前の方が先に彼女できると思って、そんなこと言ったんだろ」
「そうだよ! だって、うわ、嘘だろ……」
 茶髪は頭を抱える。鈴山は余裕綽々で相方を見ながら、パンを食いちぎっている。
「年齢イコール彼女いない歴の安崎くーん、このままじゃ、彼女なしで中学卒業しちゃうぜー?」
 鈴山は安崎という茶髪の男をからかう。
「うっせえ! つい最近までお前もそうだったじゃねえか、鈴山!」
「今は違うっつーの。お前と俺との間には、今や深く広い谷があるんだよ」
 ジェスチャーで二人の間に溝を示す鈴山。そんな余裕ある鈴山に、安崎は虚勢を張った。
「ふんっ、どうせ焦って女なら誰でもよかったんだろ。谷岡なんてジミ女、俺なら範疇外だっつーの」
 僕の頬がぴくりとひくついた。
 確かに、ルリは目立つ方ではない。しかしそれが彼女に魅力がないというわけではない。彼女は料理もうまいし、ひとりで食事を取ることが多い僕に、手作りの料理や弁当をくれることもたびたびある。地味というのは、人の話を聞いて、目立とうとせず、人を立てるからだ。他にもたくさん、彼女の良いところはある。
 しかし、ここは我慢である。範疇外と言うなら、それでいい。ルリの良いところは僕だけが知っていればいい。
 ルリが範疇外だと言われた鈴山はにやりと笑み、芝居がかってチッチッチ、と指を振った。
「お前水泳部じゃないから知らないだろ。……谷岡、すげえんだぜ」
「…………。す、すげえって……水泳が?」
「何ボケかましてんだよ。カラダに決まってんだろカラダ。胸はそれなりにあるし、腰はくびれてるし、足はすらっとしてるし。生唾モノだぜ、あれ。ジミだろうが何だろうが、あれ見たら他はどうでもいいって」
 僕は愕然とした。こいつは、この男は、そんなものしか見てなかったのか。それが理由で、ルリと付き合うことにしたのか。

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