奪ふ男

ジョーカー 1−4 (1/4)
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 僕はどうしたらいいのかわからなかった。何をどうすればいいのか、何をどう考えればいいのか。このもやもやとした気持ちの決着のつけ方もわからなかった。
 僕はただルリを目で追っていた。下校のとき鈴山と一緒にいるルリ。笑っているルリ。僕は校舎の窓から、それを見下ろしている。
 次第にじりじりと焦げ付くような黒い感情が生まれてくる。そんなに鈴山の方がいいのか。僕に比べればちょっと話しただけの男と? ルリにとって、僕との時間は何の価値もなかったのかよ。
「智明君……つらいんだよね、わかるよ」
 僕が窓からルリと鈴山を見下ろして、その楽しげな様子に顔をゆがませていると、後ろからさも憐憫に溢れた声がかかった。
 西島だった。
 僕は視線も向けずに目でルリの姿を追いながら、後ろの西島に冷たく問う。
「……わかるって、何が」
「谷岡さんのこと。あんなに軽い人だとは思わなかったよ。智明君、つらいよね。谷岡さんがああいう人だとは思ってなかったんでしょ?」
「……ルリの悪口を言うな」
 声変わりをしたばかりの低い声で、制止する。僕はルリを嫌いたくはなかった。それだけはだめだ。
「……そういえば西島さんはルリの友達じゃなかったの?」
「え、ああそうだったね。でも、あたしは、智明君のことが一番好きだから」
 僕はちらりと振り向いた。
 西島は女子の中で背が高いものの、僕よりは高くない。彼女は僕を上目遣いで見上げてくる。
「智明君を慰めたいの。つらいのはわかるよ。ね……今日うちに来ない?」
 僕を誘惑しようという媚態。何度こんな様子の女や男を見てきただろう。それでも今、この誘惑に心がかすかに動いたのは、西島の媚態がうまかったのか、僕が弱り切っていたためか。
 西島は僕の手を取り、指を撫でる。
「あたしが、忘れさせてあげるから」
 忘れる?
 僕は強く手を振りはらった。戸惑う西島に、にっこり笑う。
「ごめんね。必要ないから」
 忘れたいわけじゃない。これっぽっちも思わない。だけど西島の誘惑に乗るということは、そういうことなのだろう。そう考えつくと、一気に冷めた。
 僕は忘れたいわけでも、逃避したいわけでもない。
 鈴山なんて奴が消えて、元の通り、ルリと二人でいたい。ただそれだけだ。
 だけど、そうするためにどうすればいいのか、わからない。


 何も解決しないまま、日々が過ぎていく。
 窓から空を見ながら、小さくため息をつく。
 そんな僕の様子を見て、西島のようにうじゃうじゃと人が集まってきた。
「どうしたの、金原くん。最近、憂鬱そうだね」
「相談事があるなら聞くよ?」
 ちらりと彼らを打ち見る。いつも僕の周りに集まり、媚びる奴ら。顔も名前もろくに覚えてないどうでもいい連中。この軽薄そうな烏合の衆に、大事なことを相談する気にはなれなかった。
「うん……ごめんね。ちょっとひとりで考えたいんだ」
 すまなそうに視線をそらす。髪がさらりと流れた。
 教師も僕に近寄り、相談事があるなら聞くぞ、と言う。だけどそれも断わった。
 相談するに足る人間なんていない。ひとりで悩み、結論を出さなければならない。
 
 
 ルリと鈴山が付き合い始めて十日ほど経っても、僕の頭の中はぐちゃぐちゃしていた。
 むしろ更に焦燥に駆られていた。ルリと鈴山が一緒にいるのを見れば見るほど、不快感が増す。

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