翼なき竜

31.未来の夢(6) (2/8)
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「王によって、人の意見は変わるものですし、こうして集まる人の数も違うものです。野菜を投げられるとまではいかなくても、あまりにも人の集まらない参賀というのもあったようです。このようにたくさんの人が陛下の顔を見ようと集まるのは、王だからという理由だけでは片付けられない、レイラ女王陛下ゆえのことなのですよ」
 穏やかな表情でイーサーは続ける。
「ここにいる方々は、全て城下に住んでいるというわけではないでしょう。遠くから馬に乗って、もしくは歩いて来られた方もいるでしょう。陛下に一目会いたくて。それだけ慕われているのですよ」
 レイラは先ほどとは違う目で、眼下の人々を見た。
 ふと、子どもの頃の夢を思い出した。国民のための王になる、という一度捨て去った夢が。
「……国民のための王とは、どういう王だろうか」
 かつては思った。国民に喜んでもらえることをする王だ、と。
 レイラのつぶやきのような問いに、イーサーは宰相として真面目な顔つきで答えた。
「難しい問題ですが、安易に税を減らせばいい、ということではないでしょう。確かに国民が最も求めるのがそれですが、それが国のため、国民のためになるかというと、別です。戦争をして領地を得て、莫大な賠償金を得ればいいということでもないでしょう。逆に未来、それが元で大きな問題となる可能性が高いです」
「結局、具体的な答えは出ないんだな」
「その時々によって、変わる答えですからね。現時点に関しては、エル=ヴィッカの戦いの戦後処理でしょうか」
 レイラはうなずいた。引き起こしたのは自分だ。誰よりもその責任があった。
「ただ、国民を喜ばせよう、と思いながら政治を動かすのは危険です。どのように批難されようと、決めたことを貫き、責任を取ることが、国民のための王ではないでしょうか」
 私の一意見ですが、とイーサーは言葉を添えた。
 レイラはもう一度うなずいた。そして再び、ベランダから手を上げる。またもや歓声が上がった。
 王として、国民のためにできること、すべきこと――女王として即位して以来、どんな時よりも純粋な気持ちで、レイラはそれを考え始めた。


 それから時が過ぎ、二月になったある夜。
 レイラは後宮の自室から抜けだし、ギャンダルディスのいる竜の丘にいた。白い息を吐き、毛皮のマントに身を包み、手をさすりながら、寒さに耐えていた。雪原に残されたレイラの足跡が、新たに降る雪により、消えていく。
 レイラは竜の大きな身体に触れて温かさを得ようとしながら、隣にいる子どもの幻影に訊く。
「なあ、まだか?」
 寒さのあまり、声が震えた。
 ギャンダルディスの幻影は、空を見上げる。そして小さな子どもの手で、指差した。
「来たよ」
 一体どこに――そう思いながら、ギャンダルディスの指差す空を見れば、そこには手を振っている男がいた。空中に。
 ぎょっとして声も出ず見上げていると、男は空中を歩いて、近づいてくる。そして、まるで透明な階段でも存在するかのように下ってきて、男はレイラの前に降り立った。
 男は、ギャンダルディスの幻影をそのまま成長させたかのような青年だった。ゆったりとして腰紐で結わえるその服装も、足下よりも長い黒髪も。
『初めまして、人間の王よ。わたしはシルベストル、竜族の王だ』
 ギャンダルディスと同じく、高い、音とは思えぬ声を出す。
 レイラも緊張しながら、言った。

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