翼なき竜

31.未来の夢(6) (1/8)
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 温かい毛布の中にくるまっているような心地よい夢が、そこに存在していた。
「あっ、陛下じゃ! こんなところに!」
「宰相、何をしておるんじゃ! まさか陛下に無体なことを……! 見損なったぞ! ヘタレさ加減だけは長所だと思っておったのに!」
「そ、そそそそんなわけないでしょう! って、ヘタレって何ですか!」
 目覚めたとき、老臣たちとイーサーのばからしい言い争いの声が聞こえた。
 ぼんやりとした頭が覚醒してくる。
 この頬と身体に感じるやさしい温かさは何だろう。
 レイラはゆっくりと目を開ける。
 すぐ目の前にあるのは、誰かの大きな背中だった。驚いて身体を起こす。ずるっと、身体にかかっていたものが床に落ちた。光沢のある白い誰かの上着だ。
 その上着を、隣から伸びた手が取った。
「あ、陛下。起きてしまわれましたか」
 見ると、その大きくて広い背中の持ち主は、イーサーだった。
 どうやら寝ている間、その上着をかけてくれていたらしい。
「宰相のせいで、陛下がお起きになったではないか!」
「宰相のせいじゃ、宰相のせいじゃ」
「ちょっ、そういう責任転嫁は、あんまりでしょう!」
 また、老臣たちとイーサーの口論が始まる。
 レイラはまだ半分、夢の中にいた。木漏れ日の下で安らかに眠る自分。一緒に眠る竜のギャンダルディス。時間だからと王城に帰るよう呼びに来て、手を繋いで歩く宰相。春のやわらかな風。混じり合う花の香り。
 戦いも恐怖も悲しみも苦しみも悩みもない――未来の夢。こんな日々は、かつて過ごしたことはない。だが、そこに、夢の中に、存在していた。
 その余韻に浸りながら、レイラは生涯忘れないだろうと、確信していた。
 夢の内容も、そのやすらかな夢を見させてくれたイーサーの背のぬくもりも。
 ドウルリア国から王弟オレリアンがやってきた時、治世七年目の、一月のことだった。


 オレリアンがドウルリア国へ帰った後、レイラは国民へ顔を見せることがあった。
 と言っても、いつものようにこっそり城下に下りたのではない。
 年に一度の正月のことだが、王城の庭へ特別に国民を入れさせ、王が正殿のベランダから姿を見せるという行事だった。
 赤いマントに王冠、錫杖という形式ばった姿のレイラが手を振ると、蟻の大群のような人たちは一際大きな歓声を上げる。
「……何が嬉しいんだろうな」
 手を振り、笑顔を振りまきながら、すぐ斜め後ろにいるイーサーに話しかけた。
「陛下と直接お会いできること、見てくださることを喜んでいるのですよ」
「国王陛下という立場の存在にな。きっとここに私という人間がいなくて、王冠だけが置いてあっても、今と同じように彼らは熱狂的に声を上げるのだろうな」
 レイラの皮肉に、イーサーは苦笑した。
「そうとも限りませんよ?」
「そうか?」
「王という存在に敬意を払うのは当然です。でも、やはり王は王でも、それぞれの人間が違うのですから、人の対応も違うものです。書物で知ったところには、諸国漫遊をしている途中の傍若無人な王が、馬車の外から罵声を浴びせられ、野菜を投げられたという事例もあります」
 イーサーの言う例に、レイラは目を丸くした。
「ほう、そんな王もいたのか」
 想像するだに、威厳も何もない王だ。

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