翼なき竜
30.未来の夢(5) (2/3)
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自分の悩みも、苦しみも、知られたくなんてない。憐れまれたところで、救われないのだから。
デュ=コロワは憐れむようになった。そんな変化はいらない。あのイーサーにも、そんな目で見られたくない。
戦闘本能が強いことも、監禁のことも、死ぬことも、知られないからこそ、軽く笑いあうことができる。知られたくないのだ。弱くて情けなくて恥ずかしいところなんて、知ってほしくない。彼は知ったとしたら、何かをせずにはいられない人間だ。でも、何をしたところで、どうしようもないことばかりだ。
「絶対言うな! 王としての命令だ! もしひとことでも言ったなら、一族郎党根絶やしにしてやる!」
右の頬が熱さを帯びる。
デュ=コロワは目を伏せる。
「……わかりました」
レイラはほっとしながら、窓際にいるブッフェンに目を向けた。ブッフェンは、窓に顔を向けたまま、初めて声を出す。
「……ずっと黙っていることに耐えられるんですね?」
「ああ」
「その宰相閣下が何を言おうが、どんな顔をしようが、我慢できるんですね?」
「ああ」
「なら、わたしも話ゃしませんよ」
ブッフェンは軽く肩をすくめる。重苦しい雰囲気を払拭するように。
デュ=コロワは立ち上がり、
「それでは私は帰らせていただきます」
と言う。レイラがかける言葉に悩む間に、彼は足早に去った。
「小雨が降り出しているんだから、待てばいいのに。わたしゃ少しここで待ってもかまいやしませんよね?」
ブッフェンはそのまま窓際で、外を見続ける。レイラはうなずいた。
監禁事件後、デュ=コロワが憐れみ始めたのと打って変わり、ブッフェンは何も変わりはしなかった。レイラが玉座に就いたことから言葉遣いは変わったものの、軽さは変わることはない。逆にそうなると、内心彼はどう思っているのかと疑ってしまうほどだ。
雨の音は聞こえない。ソファに座ったまま窓から外を見ようとしても、雨は見えなかった。それだけ小粒で、小降りだということだろう。
「……宰相閣下にゃ会ったことがないが、どういう奴で?」
「いい男だよ」
ブッフェンは吹き出す。
「わたしゃ世界で一番いい男と自負してますがね、は、女王陛下にそう言われる色男たぁ、見てみたいものですねえ」
「そういう意味じゃないよ。中身が……優しくて、きれいなんだ」
イーサーのことを思うと、心が落ち着く。
彼は自分を傷つけない。温かくて、まっすぐで、見ているとほのぼのする。裏切りを心配する必要のない人間が、どれだけ大切か。
「ふうん。それはいいことだ。ところで……女王陛下はアンリの経歴は覚えてますかね?」
デュ=コロワの経歴……?
「あいつぁ、お家騒動を経て、若くして貴族の当主となった。人間嫌いだ。特に家族が死のうと構わないと思っているだろうよ。だから、『一族郎党根絶やしにする』なんて脅しは、無意味なんだよ」
「え……?」
だって、そう脅した直後、デュ=コロワは『わかりました』と言った。
「なら、なんで……」
ブッフェンはほろ苦い笑みを浮かべる。
「昔のよしみ、さ」
レイラは言葉が出なかった。
「雨が止んだようだ。じゃあ、またな」
ブッフェンは軽く手を上げ、部屋を出た。
そのとき、レイラは知った。デュ=コロワが変わったとか、ブッフェンが変わってないとか、それよりも。
自分が、変わってしまっていたのだと。昔なじみを脅してしまえるような汚い人間になってしまったのだと。
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