翼なき竜

30.未来の夢(5) (1/3)
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 財務顧問であったイーサー=イルヤスは、宰相として就任した。
 その若さ、あまりに急な昇進に、反対がなかったというわけではない。しかし、皮肉なことに王の決めたことは絶対という習慣は、そこにも生きていた。レイラの決定に、表だって批難する人間はいなかった。
 そして、その後は、彼自身の功績により、その反対論は消えていくことになる。
 レイラは王として『個人的』というものを持ち込むつもりはない。当時の国内外の状況や重要とすべき課題を考えた上で、彼を就任させた。
 イーサーはグレゴワールではない。だが、完全にそう思えることはなく、時折、彼の顔を見て硬直しかかる。それを気力でねじ伏せ、普通に会話し、軽口をたたけるほどにはなった。
 同時に悪夢も増加した。過去の夢だ。付き従う女官によると、ほぼ毎日、うなされているらしい。
 過去が再び迫ってくる。それは同時に、近い将来の死をも心に刻みつける。
 イーサーと出会ってから、何度となく考えるようになった。過去、他に選択肢はなかったのか、と。リリトと一緒に自由になる方法は本当になかったのか、と。そして……竜族の法を破らず生き続ける方法を選んでいたら、今、どうなっていただろうか、とも。
 愛竜のギャンダルディスの言葉がよみがえる。『片一方しか助けられないなら――どちらも見殺しにすることを、公平と言うんだよ』――あの時は激怒したが、今、ますます死が近づくにつれ、それを深く考える。罰を受け死のうとしている自分にとって、もしかしたらそれは正しかったのかもしれないと、考える。だって、確かにその公平さに従っていたら、片翼を失うことはなかったのだから。
 イーサーの存在が、天啓のように思えた。過去を忘れるな、という。
 過去と未来が近づき、挟み込もうとしている。

 イーサーの就任直後、デュ=コロワとブッフェンがやってくると聞いたとき、レイラは苦虫をかみつぶしたような顔をした。
 何を話に来たのか、わかったからだ。
 その日、レイラはイーサーをとある会合に出席させ、城から遠ざけた。デュ=コロワに一度会ったことのある彼は、お会いできなくて残念です、と言いながら、城を出て行った。
 陰鬱とした雰囲気にはおあつらえ向きの曇り空だった。
 やって来たデュ=コロワとブッフェンを、普通の部屋には通さず、人に話の聞かれない場所に案内した。
 レイラはソファに腰掛ける。デュ=コロワはその前に座る。ブッフェンは窓際に立っている。
「陛下。イーサー=イルヤスを宰相として就任させたというのは、本当ですか?」
 デュ=コロワが冷たい声で切り出した。
 さあ来たぞ、とレイラは腹に力を入れる。
「そうだ」
「本気ですか?」
 デュ=コロワは細い目をさらに細める。
「グレゴワールに似たあの男を?」
「……能力で評価し、決めた。顔は関係ない」
「……宰相は知らないのですね?」
 デュ=コロワのその言葉は、憐れみを含んでいるように聞こえた。
「陛下が伝えたくないというなら、私が伝えます」
 デュ=コロワは立ち上がりかける。
「そんなことは望んでいない! 言う必要はない!」
 デュ=コロワはじっと見下ろしている。憐れんでいる。
「言うな! 絶対言うな!」
「……何故陛下は、自分で自分の首を絞めるようなことを言うのですか」
 全てを理解しているような目を向けられる。レイラはそれが嫌だ。憐れみは嘲りに近いと感じてしまう。

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