翼なき竜

21.女王の子(4) (2/4)
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 重苦しい部屋の雰囲気は、デュ=コロワと二人きりで話し合ったときと似ていた。
 閉塞感により、呼吸もうまくできない。
「少し……考えさせてくれ」
 額に手をやり、目を隠した女王は、小さな声で告げた。
 耳を疑った。
「か、考える、とは、何を……?」
「そのレミーとかいう子どもを、どうするかだ。我が子とするか、王族詐称とするか」
 唖然として声が出なかった。
 選択肢は一つしかないと思っていた。
 認めなければ、レミーは――彼女の息子は――死刑となるのだ。
 七年一度も会っていない息子を、殺すのか。会いたくはないのか。
 忌まわしい過去かもしれないが、その末の子どもかもしれないが、子ども自体に罪はない。真実を言ったのを、詐称したとして死刑に処すのか。
 それが、彼女の中では選択肢に含まれるのか。
 女王は今まで、宰相にこの過去を語ったことはなかった。思い出したくもなかったのだろう。
 だけど、だけど。
「……あんまりではないでしょうか」
 宰相は控えめながら訴えていた。
「その子は、死刑に処されなければならないほどの、何かをしましたか」
 それとも、生まれたことが罪だとでも言うのか。
「辛くて会いたくない、というならわかります。でも殺すのは、行き過ぎではないでしょうか。どんな出自であれ、子どもに罪は絶対にないはずです。いくら陛下にとっては望まない、どうしようもない結果だとしても――」
「黙れ!!」
 夜が昼に、急に逆転した。
 女王は野獣のような瞳を有していた。憎悪、嫌悪、殺意と言ってもいい。深淵の瞳は宰相を睨みつけ、糾弾のまなざしで射る。
「どうしようもない結果だと? まるで自然災害のように『どうしようもない』ことだと? 笑わせるな、『どうしようもなかった』ことじゃない! 助けてと何度も言った、でも助けてくれなかった! あのとき私を助けてくれなかったくせに!!」
 頭が、真っ白になった。
 彼女自身から発する叫びは、あまりに衝撃的だった。
 糾弾の悲鳴が胸をえぐり、痛かった。
 言葉が出ない。衝撃が強すぎ、唇が震えるだけで、どんな言葉も出てこない。
 出すべき言葉すら、考えられなかった。
「……あっ、違う、違うんだ。私は、こんなことを言うつもりじゃ……つい、思ってもないことを口走ってしまって……」
 女王は冷静になったようだが、もう遅い。
 いくら後から何を言われようが、この叫びが嘘だとは思えない。
 痛みに耐えながら、
「失礼します……」
 と言って、宰相は部屋を出た。


 女王の部屋から出てきた宰相に、真っ先に「どうだった?」とデュ=コロワは心配そうに訊いた。
 側にはブッフェンがいて、宰相の顔を観察するように見ていた。
「確かに、私は、助けられませんでしたよ……でもそんなの、無茶です……」
 そもそも七年前は出会ってすらいなかった。ガロワ城で監禁されていることも知らなかった。王城にもいなかったから、気づく機会すらなかった。そして彼女の助けを求める手紙を読めたとしても、暗号を解読することはできなかったはずだ。
 助けることなんて、不可能だった。
 ……そう考えるのは、彼女から逃げることになるのか?
 自分に罪がないと言い聞かせるための言葉になるのか? ……いや、事実にすぎない。
 そう、『どうしようもなかった』ことだ。そう思わなければ、やりきれないではないか。

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