翼なき竜

19.女王の子(2) (4/5)
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「六歳の子どもなんてどこにでもいますよ」
「それに、我が領地の町では、レミーが女王の子だと信じる人間が増えているらしい。なぜなのか調査中だが、それだけの理由を持っているのだと思う」
「歴史上、神の申し子だと公言した男が内乱を起こしかけた事件があります。どんなばかげた話でも、信じる人間は信じます。理由にはなりません」
 デュ=コロワは小さくため息をつく。それは宰相に隠そうとしていたらしいが、ちゃんと見えていた。
「……宰相。あなたはガロワの領主であったグレゴワールに会ったことはないな?」
 質問というより確認の問いであった。
「ありませんよ」
 もともとガロワ家は親戚づきあいをほとんどしない家だったそうだ。ガロワ家が親しくしていたのはギョームと近隣の領地の貴族のみ。大人しく領地経営し、領地外に出ることはほとんどなかったという。
 もうそろそろ、こんな話を続けていたくなかった。証拠も何もないのに女王を貶める会話なんて、話すだけで不敬である気がする。
 宰相は部屋を出ようと立ち上がる。
「私は一度会った。ガロワ城の城攻めのとき、死体になった姿に。そして最近、レミーの顔もちらりと見た。レミーはグレゴワールに似ていた。……女王の子だと公言する子どもが、グレゴワールに似ている……これが偶然だと思うか?」
 ばかばかしくて立ち去ろうとしていた宰相の足が、止まった。
 初めて、まさか、と思った。

   *

 女王は城の北、後宮で休養を取っている。
 現在住まう王族は、女王しかいない。
 宰相が女王の寝室に入るとき、彼女は食事を取っていた。
 女王は宰相を見ると、食事を下げさせ、顔をきりっとさせた。
「どうした、宰相。何か問題があったか?」
 それはいつもの女王のようだ。頼りがいがあり、大剣を振り回してもおかしくないようないつもの。
 だけど宰相は見た。入室するとき、その瞬間、辛そうな様子で食事を取っている女王を。
 よく見れば顔色も悪く、本調子でないのは丸わかりだ。
 彼女を突き動かすのは、女王としての責任。
 ――陛下、陛下の子だと名乗る子供が現れたのです。
 そう言ったら、女王はどんな顔をするだろうか。
 聞けば全てがわかる。
 全てを知っているのは、女王なのだから。
 監禁されるとき、護衛の騎士は全員殺されたそうだ。そして世話をする女官はみな、地下牢に入れられたそうである。
 つまり一年、女王がどのように生活していたのか、知る者はいないのだ。
 宰相は想像する。手足を押さえつけられても、泣いても、どんな言葉を叫んでも、誰も助けにこないような絶望的な状況を、想像してみる。
 ……監禁された期間は一年と聞く。
 考えて、宰相は苦しくなってきた。脂汗が額に浮く。
 ――考えたくない。想像したくない。信じられない。信じたくない。これでは、想像の中で女王陛下を滅茶苦茶に汚すようなものだ。
「何があったか、宰相」
 女王は見透かすように言葉を投げ、腕を組んだ。
 たとえばここで、女王の子だと名乗る子供がいると、話そう。
 それがただの嘘であった場合、笑えない悪辣な嘘だが笑い話で終わる。
 しかし本当だった場合、笑う場所などない。確実に女王の精神に負担をかける。
 まだ、話すべき時期ではない。女王の具合も悪いのだから。
 調べなければならないことは多い。

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