翼なき竜

19.女王の子(2) (2/5)
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 敗北したギョームは王位継承権も失い、北の塔に幽閉されることになった。
 結果、王女は女王として、即位したのだった――めでたしめでたし、という話である。

「あの事件が、女王陛下の子との騙りと、何の関係があるのです?」
 宰相ももちろん事件のあらましを知っている。国で知らない者などいないだろう。
 普通の人以上に、宰相の実家のイルヤス家にとっても、冷や汗ものの事件であった。
 宰相の母親の姉が、ナタンの妻として嫁いでいた。つまり、領主であったグレゴワールと宰相は、従兄弟関係にあたる。
 かといって、宰相は会ったことがない。母親の兄弟は二十三人もいて、伯父伯母従兄弟達、親族が多すぎたこともある。
 結果的に、それに救われた。
 ガロワ家と親戚づきあいなんてしていたら、王位継承戦争のとき、現女王に敵と見なされていたかもしれない。
 当時宰相の家は、それはもう必死に、ガロワ家とは関係ないということを言って回った。他の親族も同じようなことをして回ったという。
 とにかく王位継承戦争時には勝者側につくことができて、よかったよかった、という思い出である。
 もう全ては昔のことだ。
 それが今、なぜ話題に出るのか。
 子どもが王族だと騙った。それだけの話のはずなのに。
 デュ=コロワは硬い表情である。いつも目の細い、表情の乏しい顔であるが、いつも以上に無表情さを感じた。
「……歴史は、いつだって勝者と権力者に都合の良いように、書き換えられる」
 重々しく告げた真理は、不安を深めさせる。
「宰相に、歴史の裏側を、事件の真実を伝えよう」

「当時、王女殿下がガロワから帰ってこず、一年が経とうとした頃、さすがに私は奇妙に思った。そしてエミリアン様から、王女殿下から送られたという手紙を見せてもらった。中身はガロワが楽しいから帰らない、というものだったが、私はその手紙に暗号が使われているのに気づいた。フォートリエ騎士団で使われる暗号だ。そこには、ガロワに閉じこめられている、との殿下の救援のメッセージがこめられていた」
「……ちょっと、待ってください。それは確か、ガロワ家が偽造したという手紙でしょう? どうして陛下の暗号が? 陛下はその頃、関門前で立ち往生していたはずでは……」
「宰相。疑問があろうとも最後まで聞け。……全て、わかるから」
 宰相は口をつぐむ。
「私はまず、ブッフェンと話し合った。しゃくなことだが、あいつに聞くのがちょうどよかったのだ。あいつはすでにフォートリエ騎士団の団長となっていた。私はフォートリエ騎士団の暗号をちょっと知っているくらいで、本当に陛下の救援の暗号か、自信が持てなかったから。私の解読は正しいと、あいつは言った。これは緊急事態だということで、フォートリエ騎士団はガロワ城へ向かった。私も、それについて行った」
 どんどんと、知っている事実と食い違ってくる。
 そもそも城を攻めるよう言ったのは、病床にあった王のエミリアンではなかったか?
「フォートリエ騎士団は今も昔も強いことに変わりない。ガロワ城は落ちた。そこで、王女殿下は発見された。発見後彼女に訊いてみると、王女殿下は一年間、ガロワ城に監禁されていたと、そのときになって知った」
 食い違いの振れ幅が、大きくなる。
 食い違うどころではない。まったく違う事件だ。
 監禁されていたというのと、関門を通してもらえなかったというのは、事件の悪質性も何もかもが違いすぎる。

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