翼なき竜
17.竜族の秘(2) (5/5)
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女王はグラスにワインを注ぎ込む。宰相はそれを手渡された。
正面の椅子に座り、一口飲む。
美味しい。渋さが好みだ。
宰相が味わうようにゆっくり飲むのとは違って、女王の飲むスピードは速い。何度も瓶からグラスにそそぐ。
心なしか、顔が赤いような……。
「陛下、大分酔ってません?」
「全然」
と言いながらグラスのワインを飲み干すと、再び瓶からワインを注ごうとした。しかし、一滴落ちただけである。
「もう一本、持ってくるか」
と、よろよろと立ち上がる女王。
「もう十分では? これ以上は……」
「そんなに飲んでないじゃないか」
「すでに陛下お一人で、半分は飲んでますよ」
「この程度、多いとは言えないよ。毎晩一本飲んでるし、やっぱり足りない」
「毎晩一本!?」
女王はしまった、という顔をした。
たまにそれだけ飲むのは構わないだろうが、毎晩となると身体に良いとは思えない。
「いつからですか?」
女王はうーん、と唸りながら答える。
「即位したくらいからだから……かれこれ六年、七年、かな」
「ろく……なな……」
絶句していると、慌てて女王はなだめる。
「大目に見てくれ。習慣で、飲まないと眠れないんだ。寝酒だよ寝酒。ほら、お前も飲め飲め」
女王は別のワインを取ってこさせると、栓を開け、愛想良く宰相のグラスにそそぐ。
こちらのワインも美味しい。
にこにこと女王は宰相の顔を見ている。
「……機嫌、良さそうですね」
「ん? ふふ、そうなんだ。昼にぐっすり眠ったとき、いい夢を見たから。背を貸してもらったおかげだ」
彼女はぐっすり眠ったと言えるほど、長く眠らなかった。
オレリアンが図書室に来た後に老臣達もやってきて、その騒ぎで彼女は目を覚ました。
仮眠程度の眠り。それでもにこにことしているくらいなのだから、さぞいい夢を見たのだろう。
「丘で眠る夢を見たんだ」
宰相の訊きたそうにしている顔を見て、女王は答える。
「ギャ……ギーの身体を枕にして、竜の丘で、ゆっくりと眠る夢なんだ。春かな。大きな木には葉が生い茂り、涼しい影を作っていたから」
「夢の中で、眠る夢ですか」
宰相が笑う。
「そう。お前も出てきたよ。『もうお時間ですよー』って言いながら丘を登ってきて、私を起こすんだ。私はギーの背を一撫でし、お前と並んで、丘を降りていく」
女王は語りながら、幸せそうな表情を浮かべる。
『もうお時間ですよ』というのは、いかにも自分が言いそうなセリフだと思った。
何てことのない、日常的な話だった。
「いい夢だったよ。本当に」
女王は淡く微笑んで、ワインの溜まったグラスを見下ろす。
「お前と一緒に寝たら、もう一度あの夢が見られるかな」
「そうですねえ」
相づちを打った後になって、彼女がどんな衝撃的発言をしたかに気づいた。
「え、え、あの、それは」
すぐ後ろには、彼女の眠るためのベッドがある。
ワインの入ったグラスを傾けながら、上目遣いで見つめてくる彼女。
長いような短い時間、二人は見つめ合っていた。
部屋の準備ができましたよ、とマガリがやってきたのはすぐだった。
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