翼なき竜

16.竜族の秘(1) (5/5)
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 驚きながら見ると、女王は、はっと目を開け、ごしごしと目をこする。
「あ、ごめん。油断してた。つい……」
 彼女の睡眠不足は、習慣病になっている。
 図書室は大きな窓があってそこから光が差し込み、冬にしては温かい。静かでもあるから、眠りたくなるのはわかる。
「少しくらい眠ってもいいですよ」
 そう優しく言ったのは、先ほどの寄りかかってくる身体の柔らかさが忘れがたかったから、という不純な動機もあるが、彼女の身体を気遣ってでもある。
 女王はとろんとまぶたを下げる。
「……じゃあ、少し、だけ」
 女王はもう一度目を閉じる。かかってくる重みを感じながら、宰相は報告書に目を移す。
 静かで安らかな寝息が聞こえてきたのは、すぐだった。
 その寝顔は責務に追われ隙を見せないようにしている表情より、はるかに幸せそうで優しいもの。
 いい夢でも見ているのだろうか。
 起こさないように、かつ長椅子から落ちてしまわないように、慎重に彼女の身体を支えようとした。
「…………」
 息を呑む気配を感じて、扉の方を見た。
 そこにはきらびやかな男がいた。鮮やかな金髪の、甘い顔の男――オレリアン。
「し、失礼。陛下を探していたのですが……」
 大きな声の彼に、宰相は口の前に人差し指を立てた。
 女王が起きてしまう。彼女は眠りが浅いタイプだ。仮眠をしているのを見たことがあるが、ちょっとの声で起きるのを何度も見た。
 しかし今回は気づかなかったようで、すやすやと眠っている。
 ほっとして、彼女の髪を撫でる。
 そんな宰相を、オレリアンが何かを考えながら見ていた。


 その日の深夜。
 王城の北の後宮で、足音があった。
 後宮は現在、女王が寝所としている他、住人はいない。
 王の寝所は後宮の他にあるのだが、彼女は騎士団に入団するまでここで育ったもので、いつも後宮の寝所に眠る。
 後宮を歩く影は、静かに、音をたてないように注意して、歩いていた。
 その影が、女王の寝室の扉を外から開ける。寝所の前にいる兵士は壁にもたれかかりながらぐっすり眠り、気づかない。
 侵入者は部屋に入り、足を止めた。
「何用かな?」
 部屋の主が、侵入者にそう呼びかけた。
 寝ぼけたところもない声。寝所にはテーブルがあり、火の点いた燭台がある。それを前に、優雅に椅子に座っている女王。ろうそくの火に照らされた彼女は寝間着に着替えている様子もなく、明らかに、侵入者を待っていた。
 彼女の驚きもないはっきりとした問いに、侵入者は苦笑した。
「夜這いに」
 微笑んで、扉を閉ざす。
 そして寝所の奥、彼女の側へ近寄るよう、侵入者たるオレリアンは歩を進めた。
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