翼なき竜

15.英雄の場(3) (1/6)
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 エミリアンは命の灯火が消える間際、娘に願いを託した。
「わしを、殺せ」
 宰相は口を挟んだ。
「……陛下、エミリアン様は、意識が混濁されているようです」
「貴族風情がしゃしゃり出るな……! わしと、女王との話だ」
 エミリアンは宰相にきつく言う。
「……なぜ、私が父上を殺さなければ、ならないのですか?」
 女王は父親の身体にすがりついた。
「女王、お前に王になってもらいたいからだ。辞めるだとか言い出すような中途半端さのない、正真正銘の王に、お前はなるのだ」
 宰相は止めたかった。しかし、今際の際にいるエミリアンの言葉――かつての至高たる王の言葉を、どうして止められるのか。
「竜の血を引く王家……全ての歴史と国民を背負う責任感が、お前には足りない。責任の重しが足りないのだ。だから――わしを殺せ。わしを殺し、わしの屍を越え、わしがこの世に存在しないことを重々知った上でわしの跡を継ぎ、今度こそ立派な王となるのだ」
 やめてください。
 宰相はそう叫びそうになった。
 女王は十分に責任と罪を背負っている。それを自覚している人だ。
 責任と善悪の判断に惑う彼女に、これ以上、望まない罪を犯させ、罪の意識を押しつけようというのか。その罪の意識により、王位に縛りつけようというのか。
「今度こそ、わしの死をもって、わしの跡を継ぐのだ。わしの血を浴びればお前も、二度と王をやめるなどとは言うまいな? たとえもしそう思うときがあっても、わしの死に様を思い出せば、そんな気も失せるはずだ」
 女王は病み衰えたエミリアンと目を合わせる。
「……父上にそんなこと、できません……」
「するのだ。死のうという父の言葉、聞いてくれ」
「そんなこと……」
「このままではお前は王としての覚悟が決められぬ。それとも、これからお前は王として立派にやっていけると、言えるか?」
 女王は口を噤む。
 言えるはずがないのは、宰相にもわかる。
 善悪すらわからなくなった、と彼女が言ったのはついさっきだ。王としての指針、自身の倫理観に迷いを持ち始めた彼女は、王としての意欲を失っている。
「……もしこのまま病で死ねば、わしは不安と悔いを残す。お前に殺されたならば、これからの王国の未来を信じ、安らかに逝けるだろう。レイラ、父を安らかに逝かせてくれ」
「父上、死なないで。生きてください」
「無理だ。もうわしは死ぬ。どうせ死ぬのだ。わしの望むとおりに死なせてくれ、レイラ」
 エミリアンは病のために苦しい口調で、ゆっくりと頼んだ。
「わしが望むのは、王が王である――それのみだ。お前はわしを慕ってくれていたな。その情があるのなら、わしの最期の願いを叶え、わしを殺してくれるな? わしのただ一人の、愛しい娘よ……」
 エミリアンは力を振り絞るようにして手を上げ、女王の栗皮色の髪をなでる。父から娘への、慈しみ溢れた愛撫。
 女王は父の骨のような腕に触れ、撫でさする。そして目を閉じる。
「……他の者はみな、部屋から出て行ってくれ」
 静かに女王は命じた。
「陛下それは……!」
「出てくれ。そして……私が出るまで、この部屋には誰も入るな」
 宰相の言葉を女王は遮った。女王の背は『何も言うな』と言っていた。
 何も言わず、医者、部下、セリーヌは歩き出す。
 宰相は何かを口にしようと、幾度も口を開きつつ、言葉にはできなかった。

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