翼なき竜

5.城下の夕(1) (1/6)
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 突然来訪した父は、口を尖らせた。
「せっかく来たというのに、お前は朝から仕事か」
「暇ではないんですよ。前触れなく来られても、私にも予定やスケジュールがあって、父さんの相手をしていられないんです」
 宰相は目の前のドルマを、父より先に食べ終えた。ドルマとは葡萄の葉に肉や米や野菜を詰めたものである。舌に馴染む味が広がる。
 デザートとして、ヨーグルトがやってきた。
 ドルマもヨーグルトも、東の領地にいたときを思い出させる懐かしい食事だ。
 東の料理しか受け付けない父のため、父が滞在し始めてから、宰相の館では東風の食事が続いていた。
 西風の四角いテーブルの向かいでは、ターバンを巻いた父、サラフがふっくらとした頬に更に食べ物を詰め込んでいる。
「少しくらい休めないのか?」
「デュ=コロワ様に王城の案内をする約束を交わしているんです。父さんが来るより前に約束していたことで、どうしても無理なんです」
 デュ=コロワはしばらくこの首都に滞在していた。竜から助けられた恩義もあり、王城を案内してほしいとの要望は断れない。
 命の恩人だということを説明すると、サラフはそれなら仕方がない、とうなずいた。
「お前のお陰で昨日は女王陛下とお目通り叶ったし、もう帰るか」
「もうですか?」
「お前も迷惑だろう」
「そんなことはありませんよ。久しぶりに会えたんです。誰が迷惑なんて」
「そうか? あまり領地に帰ってこないし、西側の服装をしているし。もうこの父や兄や東のことは切り捨てたのではないか?」
 サラフは居心地悪そうにテーブルやシャンデリアを見回した。
 確かに、サラフとは違って宰相は西風の服装をしている。レースのクラバットを首に巻き、シャツの上にウェストコートを着ている。手袋は白く簡素だが真四角のカフスボタンがアクセントとなっている。外へ出るときは、その上にウェストコートよりも少し長いコートと、羽根の付いた帽子を身にまとう。
 絢爛なる西側の服装だ。
「切り捨てたとかそういう問題でなく、単に気候の問題ですよ。場所に合った服装をする方が過ごしやすいんです」
 本当はそれだけではなかった。
 宰相は東の出身である。故郷の東ばかり偏重していると西側の人間に疑われても困る。
 宰相がいつも西風の服装をするのは、西をないがしろにせず重要視しているというパフォーマンスの意味もあった。身分高い宰相といっても、いろいろと気を遣う。
「領地に帰らないのは、宰相の仕事が忙しいからですよ。まあ、宰相が暇になったら国も終わりだと思います。ね、喜んでくださいよ、父さん」
 息子にそう言われ、サラフは不満を残しつつ食事を進めた。
「忙しい、か……だからなのか」
「何がです?」
「お前に結婚の話が全然ないことが」
 ヨーグルトの最後のひとすくいをしようとしたところでスプーンが止まった。
「儂だってもう年だ。そろそろ孫の顔が見たいんだが、なあ」
 なあ、と言われても。
 答えに窮して、矛先をそらそうとする。
「順当に考えて、まず兄さんの結婚の方が先でしょう」
「それがな、ラシードはお前が結婚してからだと言ってなあ」
 宰相は呆れた。
「何で弟が先になるんですか。おかしいですよ」

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