翼なき竜

4.有翼の君(3) (1/7)
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 …………。
 何かがどさっと降りかけられた。それは決して激痛をともなう牙の感覚ではない。
 いつまで経っても、覚悟していたその痛みはやってこなかった。
「おい」
 下から軽く頬を叩かれた。
 固くつぶっていた瞳を開けると、すぐ前に女王の顔。睫毛すら触れそうな距離。
「!」
 これは、まるで――どころではなく、本当に押し倒しているかのような格好。
「重い」
 女王の呼気がかかる。慌ててどこうとして、竜はどうなったのかと、体を起こし顔を上へ向けた。
 白樺の白い幹が、天へ向いている。おいしげる葉が太陽の光に輝いていた。
 そこに、人がいた。
 牙を向けた竜ではなく、鎧を身にまとった男。
 兜は外しており、短い髪や顔が逆光となっていた。
 よく売られている鎧は、皮や鉄である。だがその男は違う材質の鎧を身につけていた。玉虫色の、透明さがある。
 宰相はその材質に気づいたと同時に、そこに立つ人物が誰か、わかった。
「デュ=コロワ様……」
 彼は無表情で布袋から粉を取り出し、宰相たちに降りかけている。ぱらぱらと宰相たちの顔や服に当たる音がする。
 なぜここに、と訊く前に、デュ=コロワは先に口を開く。
「天下の王城で竜に襲われる人間がいるとは、思わなかった」
 宰相は降りかけられているものがロルの粉であることに気づいた。葉を粉末状にしたため、緑色なのである。
 竜は、横に、いた。
 翼をたたみ、首をおろし、敵意の色を宿した瞳は閉じられ、眠っているようである。口から何かがはみ出していた。赤い何か……あれはもしや、チキッタの花か。
 竜騎士団長・デュ=コロワが、食べさせたのだろう。
 宰相は体を起こして、立ち上がった。
 下にいた女王を起こそうと手を差し出す。女王はまるで羽のような軽い動きで起き上がった。
 そして宰相はデュ=コロワへ向き直る。
 彼の短い髪には白いものが交じり始めている。開いているのか閉じているのか微妙なほどにとても細い目だ。まるで目をつぶって寝ているのかと思うほどに。
「あの、デュ=コロワ様」
「なんだ」
 答えがあるということは立ちながら眠っているわけではないようだ。
「貴方様が、助けて下さったのですか?」
「ロルの粉を陛下や宰相閣下に振りかけ、竜にチキッタの花を食べさせ眠らせたたことが、『助けた』ということなら」
「ありがとうございます!」
 宰相は手を握り、精一杯の感謝を伝える。
「デュ=コロワ様のおかげで、私も、陛下も助かりました。本当に……死ぬことも覚悟していましたが。あなたの勇気とご活躍、一生忘れません。私の孫子の代になっても、伝えていきましょう」
 感謝満面の宰相に、面食らったようにデュ=コロワはこほんとせきをした。
「……そこまで言われるほどのことでは。竜騎士団長として、騎士として、当然のことだ。他の人間より竜の扱いにも慣れているから」
「それにしてもお前の活躍は天晴れだった。襲いかかるギーの口の中にチキッタの花を押し込むところなど、並の騎士ではできまい」
 女王も彼を褒めた。どうやら女王は宰相に覆い被さられながら、デュ=コロワの活躍を見ていたらしい。
 女王陛下のお褒めの言葉を受け、デュ=コロワは片膝をついた。
「さすが、竜騎士団の団長。竜にかけては、お前に並ぶものはないな」
「もったいなきお言葉。……『泰平を築く覇者』である陛下におっしゃられたところで、皮肉にも聞こえますが」

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