翼なき竜

3.有翼の君(2) (2/4)
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 王宮にはいろいろなものがある。もちろん主たる王城が中央に鎮座し、圧倒感をもって左右対照的に広がる。他にも女王の好きなワインが保管されている大きなワインセラーが地下に作られていたり、別荘のようなものもあったりする。
 庭園、畑、温室、池、小径、丘……並べるだけできりがない。
 そして、森もある。
 城内にある東の森は、規模から考えると林のようなものだ。白樺の木が並び、夏は涼しい。が、春の今は少し肌寒い。
 宰相がそこへ行くと、獣の匂いがした気がした。が、そんなはずはない、と宰相はその感覚を打ち消す。ここには獣らしい獣はいないはずだ。
 白い木が並ぶ。宰相は歩きつつきょろきょろと見回して探していると、赤い布が目の中に入り、はっとして木の影に隠れた。後ろにいた老神官も隣の木に隠れる。
 赤い布。それは、確か、出て行く前に女王が身にまとっていた布。
 東の風習では、女性は外に出るとき、ベールをまとって髪や体を隠す。女王は少し派手めな布を好んでいた。
 本来女性の体を覆うベールは地味なものとされ、派手なものを身にまとうことは特に年配者から批判される。
 この城内で赤い布をまとう女性は、そんな批判的な意見を無視できる女王くらいのものだろう。
「今日はな、急に休みにしてもらったんだ」
 やはり、声も女王である。
 宰相はそおっと顔を出してのぞき見た。
 しかし、宰相のいる場所から遠すぎて、彼女の姿は木々に隠れてよく見えない。本当に赤い布しか見えない。
「宰相ががんばってくれたようだ。それなのに私が休みをもらうことになって、申し訳ないよ。今度あいつに何かしてやらなくちゃな。奮発して、私の秘蔵のワイン、一緒に飲もうと誘おうかな」
 宰相は胸がいっぱいになる。
 誘われたなら、もちろん考える間もなくうなずくだろう。
 女王のワインコレクションは、相当なものである。ただの酒好きというわけでなく彼女自身もワインに造詣があり、特別な客が来た場合、女王自らワインを選んで振る舞うこともある。
 秘蔵のワインがあるということは噂になっていた。女王は、めったなことでは飲まないとも言っていた。
 宰相としては、ワインを振る舞ってくれることよりも、女王が大事にしているそのワインを一緒に飲もうと誘ってくれたことが嬉しい。
 宰相は自分の努力がそんな形となったことに心がほかほかしていたら、
「ん? なんだ、宰相の話ばかりしてるから、妬いてるのか?」
 女王が誰かに対して楽しそうに笑った。
 宰相は固まった。笑い声が、耳の奥から離れない。
「お前を忘れているわけがないだろ? ほら、今日だってお前の機嫌を取りなすために、いつものをたくさん持ってきたんだぞ。ふふ……女王の私にここまで気を遣わせるなんて、お前くらいだ」
 何かを渡す……プレゼントを渡しているのか?
 宰相にはそんなことはない。ワインをの誘いに有頂天になるくらいだ。物品のやりとりは、まさに女王と宰相という立場上の受け渡しがほとんどだ。
 『いつもの』……つまり、何度も会っていて、そのたびに女王が何か贈り物をしていると考えるのが、自然だ。腹立たしすぎるが、その相手の機嫌を取るために。女王に機嫌を取らせるなんて、身の程知らずな。
 ……やっぱり、恋人、なのか……。
 そう思って沈みながら宰相は諦めきれず、首を伸ばす。が、やはり女王の赤い布しか見えない。彼女の向かいは木にはばまれ、相手もまったく見えない。

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