翼なき竜

1.野望と犬 (6/6)
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 こういう行為が失礼なことだとわかっていたけれど。
 目を丸くする彼女に、上ずった声を向けた。
「……犬はかわいいだけではなく、飼い主に噛みつくかもしれませんよ?」
 女王は目を大きくして、宰相を見る。
 驚かせたようで、宰相は少しすっきりした。
 だけど、女王はたくらむような笑みを作り、顔を近づける。息がかかるほどまで近づいてから、
「噛みついてみるか?」
 と囁いて、宰相の心を試す。
 彼の心臓は人生上これまでにないほどに高鳴った。瞳孔まで見える距離。へたに動いたら触れられる唇。香る甘い匂い。
 彼女の髪の毛先が、誘うように頬に触れた。
 はじかれたように宰相は手を離して慌てて立ち上がり、
「み、みみみ水っ、陛下喉が渇いたでしょう! 水を取ってきます!」
 と、赤い顔のまま壁にぶつかりつつ、部屋を出ようとした。

 ……一度振り返ったとき、女王が残念そうに見えたのは、宰相の気のせいだろうか。
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