奪ふ男
ジョーカー 2−11 (1/5)
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嵐がやって来たように、一気に状況は変わってしまった。
ルリという嵐は、僕を顧みることなく、部屋の外へと出た。両手を掴んでいた僕の手の力は抜けていた。扉が開いてしまった瞬間に。
ルリは廊下を渡り、階段を降りてゆく。
僕は気が抜けた炭酸のような状態だった。
驚くほどの爆発的な行動力によって、ルリは部屋を出た。
そこまで、僕と一緒が嫌だったのか。ここまでして、逃げたかったのか。
我に戻ったとき、遅れたものの、ルリの後を追った。もう一度、なんて考えたわけじゃない。自然に足が動いていた。
ルリは玄関とリビングへの扉を交互に見、そしてリビングへと入っていた。
僕がリビングへと入ると、そこにはルリと、母さんもいた。……まだいたのか。
「おばさん、智明が変なんです!」
「ええ?」
僕が部屋へと足を踏み入れると、ルリが顔を強張らせて母さんの後ろへ隠れた。母さんは着替えの入っているのだろう大きなバッグを肩にかつぎながら、ため息をついた。腕時計に目を遣るところを見ると、母さんの時間はそうないらしい。
「瑠璃子ちゃん。あのね、おばさん、仕事に行かなくちゃいけないの。追いかけっこは外でね。話は後で聞くからね」
小さな子どもに言い含めるかのように言い、母さんは出ていこうとした。しかし後ろにいたルリは母さんの服の裾を掴んで離さなかった。
「おばさん、本当に智明が変なんです。本当に」
母さんは渋い顔をしながら、僕を見やる。
「変……?」
それからふと、母さんはリビングに置いてあるテーブルにも目を向けた。
そこにあるコップとその傍らにあった瓶に目を留め、母さんは息を呑む。
「智明、これ飲んだの?」
うなずいた。喉が渇いて、二杯ほど飲んでいた。
「これお酒よ? 気づかなかったの? 度数が高いんだけど」
酒? ジュースか何かかと思ったけど、そうだったんだ。
母さんは瓶に手を伸ばし、残量を確認した。
「瑠璃子ちゃんが変って言うけど、これで酔っぱらったんじゃない?」
酔っぱらった?
僕にその感覚はなかった。足もおぼつかないなんてことはないし、いつも通りだ。でも母さんはそれで得心したと言う風に、何度かうなずいた。そして勝手に、母さんはルリに小さく頭を下げた。
「ごめんなさいね瑠璃子ちゃん。智明、酔っぱらって、適当で訳のわからないことでも言ったんでしょ。今日のことは全部忘れてあげてね」
勝手に何を言っているんだ。
ルリは目をぱちくりとさせ、慌てて同じように頭を下げた。
「いえ。あの、大丈夫です。はい。……智明、酔ってたんですか……だから、ですか……全部……」
頭を上げてもルリはうつむいている。
母さんは頭を上げると、再び腕時計に視線を走らせた。
「それじゃあ仕事に行ってくるから。智明、お酒は元の場所に戻しておきなさい。あ、瑠璃子ちゃん、お母様に言っておいてくれる? いつも智明がお世話になって感謝していますって。じゃあ行ってくるわね」
母さんは言いたいことだけ言うと、家を出て行った。しばらくすると、母さん愛用の車の音が聞こえ、すぐに遠ざかっていった。
僕は納得していなかった。酔っていたなんて思えない。意識だってはっきりしている。勝手に酔っぱらいにするなよ。
ルリはうつむいたまま、キッチンに向かった。
何をするのかと思いきや、蛇口をひねり、コップに水を注いで持ってきた。コップを僕に差し出した。
「水飲んで、酔いを醒まして」
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