奪ふ男
ジョーカー 2−10 (1/3)
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僕は壊さないようにやわらかく、そして同時に逃さないように強く抱きしめた。
「智明、変だよ、ねえ、どうしたの、冗談でしょ? ねえ」
耳元で聞こえる震えるルリの声は、甘美でうっとりする。でも、その内容は外れている。僕は元からこうだ。
「冗談なんかじゃないよ」
優しく答えてみたのに、腕の中にいたルリは顔を強張らせ、強く抵抗し始めた。
手で胸を押したり顔を背けるといった、先ほどの抵抗が、抵抗とは呼べないものだったと認識するほどに激しく。ルリはもがき、僕の身体を押し、身体全体を使って逃げようとしている。
どうしたっていうんだ、いきなり。
「変だよ、おかしいよ! いつもの智明じゃない!」
「おかしくなってないって」
「あんな風に扉を閉めておいて、そんなこと言うの? おかしいよ、今日の智明、全部おかしい……あんな告白も、今思えばあり得ない」
「え?」
「智明が私を好きだなんて言うわけないと思ってた。変になったからあんなこと言ったんだ!」
「変になんかなってない、本心からだよ」
「嘘だ。変だもの、今の智明は!」
どうしてだよ。どうして僕を変になった、ってしたいんだよ。告白も、なかったことにしたいのか? 真正面から誠実に口にしたのに、どうして。
ルリの抵抗は続いていた。本気で逃れたがっている。さっきまでは僕の腕の中で顔を赤くしていたのに、扉が鎖で閉じているというだけで、本気で抵抗して逃げたがっている。
それってつまり、逃げ道がなければ委ねなかったってことか。ルリは、最初から部屋から出ること前提でいたってことか。
精神的に少し落ち込んでしまった僕の手がゆるみ、あっという間に、ルリはベッドから転がり出た。
ルリはちらっとも僕へ視線を向けることなく、脇目もふらず扉へ走る。ノブに懸かっている鎖をガチャガチャと音をさせて引っ張ったり、ノブを回そうとしたり、扉を押したり引いたりした。
でも扉はぴくりとも開かなかった。当然だ、固く締めたのだから。そんなことをしても無駄なのに。
その頑丈さを知っている僕は、起き上がり、ルリの元へ緩慢な動きで向かった。
必死になって扉を開けようとしているルリの後ろ姿が悲しかった。そんなに僕と二人きりが嫌なんだ。逃げ出したいんだ。
すぐ後ろまで来ても、鎖にばかり目を向けるルリは僕に気づかない。
茶に染めた髪の間から、白い首筋が覗いている。
「僕と一緒の部屋から、そんなに出たいの?」
耳元で問いかけると、ルリの身体がまた強張る。
ルリが動かないのをいいことに、後ろ髪を梳いて、うなじに唇を寄せた。横目で、ルリが強く鎖を握りしめているのが見えた。この鎖を握り続けなければ溺れてしまうと考えているかのように強く。
それほどしがみつくように握らなくてもいいのに。そんなにこの鎖が邪魔?
手を伸ばし、ルリの両手に両手を重ねた。僕の手のひらよりも一回り小さなルリの手は鎖を離しはしない。それを見ていると、ルリが僕に背を向けて鎖に夢中になっているかのように思え、じりじりと焦げ付くように妬けてくる。こんな鎖一本にすら嫉妬してしまう僕は、ルリの言うとおり、変で、おかしいのかもしれない。
一本一本、ルリの指を鎖から離していった。強く握りしめているはずのルリの指は、一本一本ほぐすように離していくと、いとも簡単に離れる。
「何をするの」
うろたえるルリは困惑しているのか、僕の動きを止めることはない。
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