奪ふ男

ジョーカー 2−9 (1/5)
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 僕の部屋のノブに手を掛けた。外から見た扉には鍵穴がある。もし内側から鍵をかけた場合、内側から開けるか、鍵を使わないと外からは開かない仕組になっている。
 部屋には電気がついていて、扉から向かって斜め方向に、大きめのサイズのベッドが見える。扉のすぐ前の場所に立っていると、ルリの姿は見えない。扉のすぐ横に置いてある本棚によって死角ができ、僕の机付近は見えないのだ。
「智明、こっち、手伝ってくれない?」
 奥からルリの声。
 扉が開いて閉じる音が聞こえ、僕が部屋に入ったのはわかったのだろう。
「ごめん、ちょっと待ってくれる?」
 ルリの頼みを待たせるのは心苦しいけれど。
 でもね。これは僕たちのためなんだ。
 彼女の姿は見えない。もちろん数歩進めば見ることはできるだろう。でも、僕は、することがあってしばらくそこから動けなかった。
「……何してるの? 智明。こっち、教科書がなだれてきて、それを支えるのだけで精一杯なの。ちょっと手伝ってほしいんだけど……」
 ルリも動けないらしい。これは好都合だ。
「待って、あと少しだから……」
 そうこう言っているうちに、僕の机の方から、本がいくつも落ちる音が聞こえてきた。
「あっ、ごめんなさい、智明」
 慌てたようにルリは言った。
 僕はようやく用事を済ませ、振り向いて机の方へ向かった。
 すると机の傍らで、棚から落ちてしまった本を拾っているルリが見えた。
「ごめんなさい。私が変な風に引っ張っちゃったから……」
「いいよ、気にしないで」
 僕はルリの隣に同じように座ると、落ちてしまった本を拾うのを手伝った。元の通りに戻すと、ルリの手の中には世界史の教科書と資料集があった。
「ありがとう。これ借りるね」
「うん」
「それとね……」
「うん?」
 ルリはうつむいている。教科書と資料集を持つ手の指が微妙に動いている。これから言うことに緊張しているような感じを受けた。僕に緊張するなんて、何を言うつもりなんだろう。
 それからルリは顔を上げ、僕を正面から見た。
「実は智明に相談があるの。陸奥先輩とのこと」
 陸奥。
 その名をルリの口から聞くだけで、嫌なものがこみ上げてくる。
 奴と別れることを希望している――いや、希望どころか渇望している僕にとって、奴についての相談というのはあまり嬉しくなかった。
 二人の間を取り持つための相談事だけはごめんだ。別れたなら別れたと言うだろうし、そうではないのだろう。
 それでも、僕はうなずいて、よろこんで聴くよ、と答えた。
 だって真剣に僕を見詰めるルリは明らかに、教科書や資料集を口実にして、この相談事を僕に聴いてもらうために家まで来てくれたのだから。
 真剣に見上げるルリの顔を見て、帰ってくれと言えるはずがない。
 それに、最悪の相談事だとしても、やりようによっては良い結果になる可能性だってある。僕に相談を持ちかけたということは、僕からの影響力があるということだ。ルリにとって僕は意味のある人物だと証明されたようで、嬉しい。
 後は相談の中身と、持っていき方。これがきっかけで別れることになれば……。
 僕は心の中で最高の未来を思い浮かべて、自然と笑みが湧いて出てきた。
 ……もしかすると、あの仕掛けは必要なかったかもしれない。
 快諾した僕に、ルリは緊張を解いてほっとしているようだ。
「うん、話が長くなるかもしれないけど」

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