奪ふ男
ジョーカー 2−3 (1/5)
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次の日に僕とルリは一緒に登校した。教室に入るのは、いつもチャイムが鳴るぎりぎりだ。それは家を出るのが遅れたためでも、もしくは歩くのが遅いためでもない。ルリが教室に入るのを後らせるためだ。チャイムが鳴る直前まで中庭で話に花を咲かせ、そして時計を見てちょうどいいくらいに、教室に向かうのが最近の僕たちの習慣だ。
チャイムぎりぎりというのは、最も生徒がクラスに駆け込む時間だ。走ってくる奴もいれば、遅刻寸前と知っているのか知らないのかゆっくりと歩いている奴もいる。
……榊は、後者だった。
ふわあ、と大きなあくびをしている彼は、いつもと変わらない顔だ。普段が眠たそうな顔だが、本当に眠そうな時でも同じく見える。
「さ、榊君っ!」
ルリが呼びかけると、教室に入る寸前の榊は振り返った。少し走り寄って、ルリは頭を下げた。
「昨日の遠足のとき、せっかく誘ってくれたのに、断わってごめんなさい」
「いーよ別に」
「そんな。あの、嬉しかったから。ありがとう」
「んなのいいから。俺に手助けできることがあるならしたいって思っただけだし」
……僕は、ルリの隣でそんな会話を聞いていた。
当たり前のことだが、ルリと榊の交流を深めるこんな話を聞くために僕は黙っているわけではない。榊に言うことがあったから、僕はここで何もせずにいた。そうでなかったら無理やりにでも会話を打ち切らせていたか、そもそも榊の姿が見えたところで何かに理由をつけて別の道を通っていたかしていた。
「いい人だね、榊君って」
そう言うルリに、僕は満面の笑みを浮かべて同調する。
「本当に良い奴だね。でも」
良い奴、だなんて心にもないことを声に乗せてから、本題を口にした。
「もう二度とルリを誘わなくていいからね」
ルリは驚いて僕の顔を見上げた。眠さに磨きのかかる榊がぴくりと剣呑な目で僕を見る。
僕はルリの肩に軽く手を置いて、
「ね。ルリも、榊の助けは必要ないって思ってるだろ?」
と促した。
ルリは驚いた表情のままだ。急に僕がこんなことを言ったことに頭が追いついていないらしい。
でも、僕は絶対にここで、ルリ自身に榊との繋がりを断ち切らせるつもりだった。
榊のような人種は、僕が何を言おうとルリに直接何かを吹き込む可能性がある。ルリと榊の会話を聞いたのは二度。しかしその二度で、榊がこのままルリと繋がりを持てば、ルリに悪影響を及ぼすと理解するのに十分だった。
ルリは黙っている。うなずきなよ。うなずくだけでいいのに。
掴む細い肩に力を込める。
「……ねえルリ……まさか、榊に頼る気なんてないよね……?」
昨日、榊でなく僕を選んだのに? それとも昨日のことは簡単に覆して、ここで、僕でなく榊を選ぶつもり? そんな恥知らずなことをするの? するわけないよね、ルリにはここで僕しか友達しかいないのに、今まで僕に頼ってきたのに、ねえ――そんな気持ちを含ませた目でじっとルリを見る。
おびえるようにルリは僕の顔を仰ぐ。いや、仰がざるを得ないように、肩に回していた手を後ろから首と顎にやる。まだ夏には早いのにルリの額には汗が浮かんでいた。
僕はルリから視線を逸らさない。プレッシャーをかけ続ける僕に、ルリは――首肯した。
「あの……榊君……これからは、誘ってくれなくて……いいから……」
蚊の鳴くような小さな声だった。
そうだ。
この一言でいいのだ。ルリ自身から、これを榊に聞かせたかった。
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