奪ふ男
ジョーカー 2−2 (1/3)
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榊とルリとの会話のすぐ後。六月の上旬、雨の日に遠足があった。
雨天のため、行くのは近場にある水族館だ。教師に牽引されるのでなく、各生徒の自由行動となっている。
と言っても、ルートは一本道。同じ高校の制服がいたるところで溢れていた。
「あ、ほら智明、マンボウだって。かわいいね」
笑顔のルリが指差した先に、丸く愛嬌のある形をした魚がゆっくりと通っていった。その大きなマンボウの周囲に、小さな魚達も遊ぶように泳いでいる。ガラスに顔を近づけてそれらを見るルリは、生き生きとしている。
「そうだね。本当にかわいい」
そうやって喜ぶルリがね。
僕は自然に笑った。
やっぱり、ルリと一緒にいるからと、他の奴らの誘いを断わって断わって断わりまくった甲斐があったと思う。一番しつこい西島が風邪で休んだのも運が良い。
ルリはこういうときに一緒に行く友人はクラスにいない。必然的に僕の元に来るしかないのだ。
正直なところ、僕は団体行動が好きではない。こういった行事も同じだ。
でもこうしてルリと二人で一緒にいれるなら、周囲の連中はいないものと思ってもいい。
しかし。いないはずの人物達が声をかけてくるのだった。
「ねえ智明君、あたしたちと一緒に見てこうよ」
彼女たちは服の端を引っ張ってくる。
さんざん、事前に告げていたというのに。思わず小さなため息が漏れる。
「ルリと一緒に回るから、ごめんね?」
振り返って、にっこりと笑む。
ええー、とかいろいろと彼女たちは言っていたけれど、僕はルリの手を強引に引き、その場から立ち去った。
「……智明、いいの?」
神秘的に揺れるクラゲのフロアに来たとき、ためらいがちにルリが手を離して言った。
「さっきの、クラスの人たちでしょ?」
「いいんだって。ルリと一緒に回るんだから」
黙ったルリに、「ほら、あのクラゲ、光ったよ」と水槽の中を指し示した。
僕には余裕があった。他の奴らを気にしつつも、ルリは僕に、あっちに行った方がいい、なんてことは言えないのだ。そんな余裕は今のルリにはない。何があろうと、罪悪感らしきものを持とうと、ルリは僕から離れない。
ゆっくりと水族館内を見回っていたが、出口までたどりついた。
しかしまだ見回っている連中が多いようで、大分待たなければならないようだ。
「土産屋にでも行こうか」
時間つぶしのために、僕たちは館内の土産物屋に立ち寄った。
魚やイルカやラッコのグッズが並べられ、僕たちのような生徒でひしめいている。
「このラッコの携帯ストラップいいなあ」
「ルリはケータイ持ってたっけ?」
「ううん。でもそろそろ欲しいかなって思ってる」
「そうだね」
僕もそろそろ買おうかと思っていたところだ。ないならないで問題はないが、あった方が便利だというから。
「あー、谷岡さん……と、金原……?」
冒頭はのんびりとした普通の声だったのに、僕の名字を呼ぶときはトーンが幾分か下がっていた。その声の主は、榊だった。
またこいつか。
相変わらず眠そうなぼうっとした顔をしている。
「二人も暇つぶし?」
榊は言いながらちゃらちゃらと陳列されてるキーホルダーをに触っていた。
ルリはうなずく。
「……もしかして、回るのも二人一緒だった?」
「え? うん」
ルリは戸惑いながら答える。
「……あのさ、この前から気になってたんだけど、どうして谷岡さんは金原と一緒にいんの?」
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