奪ふ男
ジョーカー 1−7 (1/5)
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教室は静かすぎるほどだった。ほとんどが参考書や教科書を開いている。たまに、仲間うちで最後の勉強をしている人たちがいる。とにかく勉強をする人たちばかりで、いやが上にも緊張感を高められる。
僕もまた、最初に試験となっている英語の参考書を開いている。
目の前の席にいるルリは、筆記用具を用意している。
カラン、と音がした。
床の上を、ルリの席の方から僕の席の方へ、ころころと鉛筆が転がっている。
落としてしまったのだろう。
それを拾い上げた僕と、床に手を伸ばして鉛筆を探し始めたルリとの目が合った。
「はい」
差し出すと、ルリは黙って手のひらを上にして手を出した。渡そうとして、ふと見たルリの指先は赤く、かすかに震えている。
顔も教室に入っているにも関わらず赤い。
もしかして、ルリ、すごく寒いんじゃないか?
廊下側には暖房の恩恵はあまり届かないし、ルリ自身の防寒もちゃんとしているわけじゃないようだし。
僕は思わず、ポケットに入れていたカイロを鉛筆と一緒に手渡した。
ルリは自分の手のひらを見下ろす。
「……何のつもり?」
寒すぎるためか、硬い声だった。
「寒いんだろ?」
「……いらない」
「そんな手で鉛筆を握れるの?」
「…………」
ルリは手の中にあるカイロを見下ろしてしばらく何かに葛藤していたかと思うと、それを握りしめて、前を向いた。
最初の試験は英語だった。テストが回収され、いたるところで伸びをしたり、問題の答えを話し合っている人たちがいる。
引っかかるところはあったけど、次の試験のことに頭を切り換えよう。そう思っているところに、突然目の前にいたルリが立ち上がった。
その横顔は、蒼白だ。僕のあげたカイロを握っていた。
「ルリ、どうしたの」
ルリは答えない。いや、答える気力もなさそうなほど、ひどい顔色だ。ルリはふらふらとした足取りで、教卓の周辺にいる試験官たちの元へ近づき、
「すみません、気分が悪くて……」
と話しかけた。大丈夫なのか?
「智明くーん、英語どうだったー? あたし長文がヤバくてさ」
場違いな西島のあかるい声。強引に僕の腕に腕を絡ませてきたものだから、つい僕は西島に顔を向けた。それどころじゃないっていうのに、この女は。
その間にルリは荷物を持って、試験官と一緒に教室を出て行った。
同じ中学の奴らは去っていくルリに、ざわめく。
まさか、このままルリは受験を断念するのか? それじゃあ、僕が合格できたって、同じ高校に行けないじゃないか……!
「谷岡さんって、保健室受験するの?」
しつこく僕の腕にすがりつきながら、西島がぽつりと口にする。
「え? 保健室受験?」
「気分悪い人は、教室じゃなくて保健室で受験するってやつ。あんまりひどいと病院行きか家に帰るんだと思うけど、あの様子じゃ、保健室行きなんじゃない?」
ちょっとほっとした。受験するのが同じ教室じゃなくて保健室に移ろうと、合格が目的なんだから、大きな問題じゃない。
「でもさー、テスト問題はあたし達と一緒なんだし、気分悪い分、力は出せないだろうなあ。途中でリタイアってこともあるじゃん。谷岡さん、この学校の偏差値的には余裕だったはずだったけど、本格的にヤバいかもねー」
あはは、と西島は軽快に笑った。ひどくむかむかとした。
「……何を言ってるのさ」
「智明君も喜びなよ。ライバルが一人減ったんだよ?」
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